追放夫婦とドラゴンと

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20 禁忌




オデットは「お二人が観てる前で無様なレースは出来ません」と言いつつ余裕の笑みを浮かべている。
カリンは笑みを返して、オデットの相棒クリスマスローズに目をやった。
それから首に巻いたストールを軽く指で突いて、囁く。

「キクイタダキさん、出て来て」
「……あと三分、です」
「お寝坊さん。クリスマスローズがじいっとこっち見てるから、早く」

急かされてやっと、生地がもそもそと蠢いて小鳥の顔が隙間に覗いた。
クリスマスローズの両眼が輝いた。「まあ可愛い」という感じ。
ドラゴンの感動に無頓着なキクイタダキは相変わらず眠そうにしている。双方の間でスカイが「うんうん可愛いよね」という風に首を上下させ、クリスマスローズに同調している。
オデットも「お、なんか小さいのがいる。飾り? 生き物?」とキクイタダキを観察した。鳥界のプリンスたるキクイタダキは大人気だ。
クリスマスローズの息抜きに貢献したところで、カリンはオデットらコンビに手を振った。
一人と一体の健闘を祈りつつ、船上の特設ボックス席に向かった。



スタート、二分前。
眼前の洋上に設定された十のスターティンググリッドが次々と埋まっていく。
女子達の入場を見守りながら、カリンはふと思った事を口にした。

「ロータスピンクがお城に戻っていないそうですね?」

隣席のクロヴィスは、スタート風景を見詰めたまま頷いた。

「故郷に帰ったのだろう」
「西半球の諸島ですよね。ならもう人界には帰って来てくれないんでしょうか」
「何とも言えん。野生に還った個体が再び人界に戻った例が、なくはない」
「戻って来てくれたら嬉しいですけど。でもずっと頑張ってきたあの子にはホームでゆっくりしてて欲しい気持ちもあります」
「ジレンマだな」

カリンが苦笑で頷いた時、掲示板に一つ目のレッドシグナルが灯った。
五秒の間を置いた後、静寂は唐突に終わりを迎える。
全消灯と共に十体のドラゴン達が一斉にスタートした。途端、洋上の大気が引き裂かれ、サーキット中に空気摩擦の音が響き渡った。



カリンは、VIPスタンド正面のアウロラビジョンに見入っていた。
一番グリッドから好スタートを切って以来、オデットの駆るクリスマスローズがトップを独走している。後続との差は三秒で徐々に開いている。

「スタート位置って凄く大事ですね」
「その為の予選だ」

クロヴィスの言葉に頷いて、カリンは後続グループに注目した。
さっきから二位、三位、四位が凄まじい接戦を繰り広げていて、目まぐるしい順位変動が起こっている。
相手の体を押しやり、飛行ラインを奪い合う。パワー勝負は迫力があった。

「ああいう押し合いは違反行為には当たらないんですよね?」
「問題ない。なんなら相手を蹴っても殴っても良い。高速領域でそんなマネをする余裕があるならな」
「禁止するまでもなく無理なんですね。尾を掴むのは?」
「やれるものならやってみろ、だな」
「頭突きは?」
「むしろよくある」
「最早格闘技ですね。違反なんてないのでは?」
「武器の持ち込みは完全にアウトだ」
「ナイフとか拳銃とかを隠し持つって事ですか? でもどうせ小さな隠し武器なんてドラゴンには効きませんよね?」
「人間には効くんじゃないのか?」

生々しい殺傷シーンを想像して、カリンはぎょっとクロヴィスを振り返った。

「だ、大丈夫なんですか?」
「さっきも言ったが、高速領域で刺したり撃ったりする余裕などない。そもそも狙いが定まらんだろう」
「そ、そうですよね」
「やるなら密着した状態でだな」
「――、――」
「しかし隠し武器を使うにも大きな問題がある。ドラゴンというのは人間の殺気を感知する。背中に乗せている奴が殺傷を目論んだ瞬間、振り落とすだろう」
「彼らには殺気センサーが?」
「ある。連中は闘争心を好む一方で、殺意や害意を嫌う生き物だ。求めるのは純粋なスピード&パワー勝負であり、レースをしたいが故に人界にいる。仁義なき殺し合いなど以ての外だ」

ドラゴンは、主にレース目的で人界にやって来る。レギュレーション(規則)という枷に縛られる「スポーツ」は野生にない。彼らは高度な遊びがしたいのだ。
なので、ドラゴンを戦争兵器として使う事もまた以ての外だ。ドラゴンに人を殺傷させる事も、ドラゴンを殺傷する事も禁忌となる。
嘗てその禁忌をやらかした北の方と中東の方の国家が滅亡した。国の中枢があった場所は今現在、月面のクレーターみたいになっていると言う。国家消滅に際し、何かとんでもない事が起こったのだ。

改めてドラゴンの能力と性質について理解を深めたカリンは、先日の光景を想念した。
ロータスピンクはレティシアの激高を嫌がっていた。

――私が彼女を上手く受け流せなかったから。

嫌な思いをさせてしまった。「お引き取りください」ではレティシアをより興奮させただけだった。ドラゴンへの理解がきちんと備わっていれば、他に言い様もやり様もあっただろう。

「もっとお勉強しなくちゃ……」

ん、とクロヴィスがカリンの横顔を一瞥した。

「よく分からんが、君は完璧過ぎるほど完璧な妻だ」

カリンは力なく笑って、クロヴィスを見た。

「今のお言葉をブーメラン致します」
「ああ。俺達は完璧な夫婦だ」

彼は膝の上からカリンの手を取ると、二人のシートを隔てる肘掛けの上に置いた。
重ね置いた手に力を籠める。

「時折、VIPスタンドがモニターに映る」
「新婚ぶりをアピールですか?」
「ああ」

カリンは噴き出した。
二人の足元には青空色のドラゴンの寝顔があり、ノーズにポンポン飾りとしか思えない小鳥が留まっている。
ドラゴンは、自分不在のレースに興味が無い。





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