21 / 104
21 提案
三周目を終え、ホームストレートにトップのドラゴンが還ってきた。
紅い巨体が単独でゴールラインを駆け抜ける。
カリンは席を立って両手を打ち鳴らした。
友人達が見事な勝利を収めた。
カリンの手に引かれて立ち上がったクロヴィスも、拍手で同業者の健闘を称える。
大歓声の中、スカイとキクイタダキはスヤスヤと眠っていた。どちらも自分が注目されていない状況に関心が持てない。薄情と言うより子供気質なのだ。
カリンは一体と一羽の個性を尊重して、敢えて起こす事はしなかった。
優しいクリスマスローズなら、分かってくれるだろう。
西岸沿いを北上したスカイは、白いボートハウスの庭に着陸した。
帰宅からずっと、カリンは興奮冷めやらぬ様子でレースについて熱く語っている。スカイとキクイタダキは「へえ、ふうん」という風に熱弁の彼女を眺める。
庭の検討会を背中で聞きながら、クロヴィスは船内を下り機関室に入った。
今朝、エンジン音が少し気になった。整備に出した方が良いかもしれない。
「……そうなると」
船がない間の仮住まいが必要となる。
可能な範囲で機関を点検し、思案に耽る。異常は見当たらないものの表からでは見えない部分もある為、確信は持てない。そもそも中古の船だ。部品が劣化しているのだとしたら個人の手には負えない。
ウィンターレースを控えている。予定を詰め込むのは得策ではないが、一度に全てを終わらせるのは合理的と言える。
「……相談してみるか」
機関室を出て、桟橋の先の庭に足を戻す。
既に検討会は終わり、単なる雑談になっていた。
「女性ドライバーの方々は全体的にお洒落だったよね」
「菊戴が一番、です」
「くう」
「ポップな色使いとか、トレンドを意識してたと思う」
「今年は菊戴がトレンド入り、です」
「くう?」
「十代の女の子がいたんだけど、彼女はかなりイケてたわ」
「菊戴の次にイケてたの、です」
「くう……」
話に付いて行けず、スカイが寝落ちした。
代わりにクロヴィスが話の輪に加わった。カリンの隣で胡坐を掻いて座る。
「謙遜を知らん鳥だな」
小鳥はきょとんとし「何の事、です?」と首をかくっと傾けた。
カリンは「しいっ」とクロヴィスに人差し指を立てて見せた。
「個性尊重で教育すると決めたんです。子育てにご協力ください」
クロヴィスは「子育ても何も子作りがまだだが……」と言いかけた口を噤み、人外どもに目を向けた。妻は既に二人の子持ちのつもりでいるのだ。豪儀な。
「まあいい」と内心に括り、クロヴィスはカリンを見た。
「十代のドライバーは、新人だと紹介されていたな」
「ええ。実はオデットさんの次に応援してました」
「最下位フィニッシュだったな」
「最後尾スタートでしたものね」
「君は、彼女から感謝されている」
「え、私? 面識ありませんけど」
「出場予定者が一人脱落したからな。彼女はその繰り上がり枠で出場した」
「……なるほど。新人さんのレース経験になったなら良かったです」
「少尉から聞いた話では、他の女性ドライバー達も君を称賛していたらしい。前々から問題行動の目立つドライバーだったとかで、少尉も手を焼いていたようだ。遅かれ早かれ違反で退場させられていただろう」
カリンは苦笑気味に「そうですか」と頷いた。
レースの話が一区切りしたところで、クロヴィスは本題を切り出した。
「王都に行かないか?」
唐突過ぎたと見え、カリンも小鳥も頻りに瞬いた。
王家の貴重な持ち物であるドラゴンには、定期的に健康診断を受けさせなくてはならない。強靭な肉体は滅多に傷付かず、病気もしない。
メンタルの疲弊はある。
ストレスが原因で熟練のドラゴンでも五月病が再発したり、体重が著しく増えたり減ったりする。
直近のロータスピンクの離脱を受け、オフィシャルは「こまめなチェックを」とドライバーらに注意喚起をしている。
健康診断は、王城の敷地内にある協会本部で行われる。
クロヴィスは「健診に合わせて船を整備に出そうと考えている」と続けた。
「王都郊外の湖には国内最大の練習コースがある。ウィンターレース前の息抜きも兼ねて二、三日違う環境下で強化合宿でもしようと思うんだが、君の意見は?」
カリンは目を輝かせた。
「スカイの健診に付き添っても良いんですか?」
「健診は極秘だ。俺も部屋の外で待たされている」
「一緒に待ちます。スカイの家族として」
「それより折角の古巣だろう。城下で遊んできてはどうだ。買い物をするとか」
「特に必要ないです」
「そうか……」
クロヴィスは、ちょっと拍子抜けしているようだった。きっとカリンが喜ぶと思って提案してくれたのだろう。
でも今のカリンは都会への未練を感じていない。実家の家族や友人達に会いたい気持ちがないでもないけれど、時間が余ったらで構わない。
「楽しみです、健診」
「退屈だぞ。かなり待たされるので庭園を散歩するなどして時間を潰すしかない」
「散歩して待ちます」
「……君は時々俺の予想を超える」
徐に、彼はカリンの手を掴んだ。
「君には敵わん」
細められた双眸がカリンを見詰めた。
優しい表情に、カリンの胸がざわつく。
ふと、視界の端でそわそわしているポンポンの飾りに気付いた。
顔を向けると、キクイタダキは嘴を開いた。
「菊戴は大都会を知らないの、です」
察してカリンは頷いた。
「キクイタダキさんの為に王都ツアーをしましょうか」
途端、キクイタダキは芝生の上でぴょいぴょいと跳ね始めた。
テンション高く喜んでもらえて何よりだ。
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
元婚約者に未練タラタラな旦那様、もういらないんだけど?
しゃーりん
恋愛
結婚して3年、今日も旦那様が離婚してほしいと言い、ロザリアは断る。
いつもそれで終わるのに、今日の旦那様は違いました。
どうやら元婚約者と再会したらしく、彼女と再婚したいらしいそうです。
そうなの?でもそれを義両親が認めてくれると思います?
旦那様が出て行ってくれるのであれば離婚しますよ?というお話です。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?