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22 いとこ
王都の高級ホテルの一室で、エドゥアールは声を上げた。
「クロヴィス兄貴が王都に来る? 本当か」
「はい」と頷いたのは、このほど海軍本部でデスクワークの職を得た昔馴染みだ。
エドゥアールのコネで士官の制服を纏って以来、益々忠誠を示すようになった。
クロヴィスを密告した張本人でもある男、ヴァンサンは笑んだ。
「例のあの方から頂いた情報によりますと、船の整備がてらドラゴンの健診をすると城に申請があったようです」
「ふん。ドラゴン風情が人間様より大事にされているなんて世も末だ。兵器として使えもしないのに」
「希少動物ですからね」
「で、兄貴は王都に逗留するのか?」
「いえ、恐らく郊外の湖傍に宿を求める筈だと」
海軍上層部の情報なら間違いない。
エドゥアールはにたりと笑んだ。
「近隣の宿泊施設を張れ。兄貴のリザーブが入ったら、倍額を吹っかけて妨害するんだ。不動産業界の動向チェックも怠るな。絶対に好立地なんて買わせるなよ」
ヴァンサンは笑みで「仰せのままに」と了承した。
下僕が下がったのを見届けて、エドゥアールは胸を躍らせた。
「最近、あいつらは調子に乗っているからな。追放された身分だって事をとくと思い知らせてやらないと」
「ふうん?」と背後の寝室から女の声が加わった。
下着姿の男爵令嬢がベッドの上で欠伸をする。
「忙しいんですねえ、エドゥアール様あ」
「次期侯爵だからね」
「忙しいのにピエレットと会ってくれるの感激ですう」
無邪気に喜ぶ年下で格下の女、ピエレットをエドゥアールは一瞥した。
「君といるのは楽だから」
「ウザいいとこを持つ仲間ですもんねえ?」
「……君のライバルとはレベルが違う」
「分かってますってえ」
でもでもお、とピエレットは年齢不相応の幼稚な仕草で首を傾げた。
「妨害工作なんてしてて大丈夫ですかあ? お仕事頑張らないと侯爵様から怒られるとか言ってませんでしたあ?」
「良い仕事はしてるとも。じきデカい商談がまとまる。ウザい姉貴まで帰国して僕の立場を脅かそうとしているけど問題ない。あんなの、がり勉ブスだ」
「ええー、ブスだなんてお姉様可哀そうう。前の婚約者さんとどっちがブスなんですかあ?」
「同レベルのがり勉ブスだよ。――あの二人、実は似てたんだな」
実姉と元婚約者の類似に気付き、エドゥアールは舌打ちした。
「道理でこの僕と合わない訳だ」
優秀なカリンはエドゥアールの誉れになると思っていた。それが間違いだ。
女なんて胸の大きなバカに限る。このピエレットのように。
――いや、この子はちょっと粘着が過ぎる。
嫉妬深く、独占欲が強い。
先日も、別れ話を切り出したエドゥアールに「イヤイヤ」と泣いて縋った。
聞き分けの悪さに迷惑する一方で、エドゥアールを繋ぎ止めようとする姿勢には好感が持てた。カリンより可愛げがある。それで未だ関係がズルズルと続いている。
既に婚約者のない身なので隠れて会う必要もないのだが、父の手先が見張っているとも限らない。タウンハウスの連中も信用ならない。
ピエレットには「最終的に他の貴族令嬢と結婚する」と言い付けてある。
「愛人でいいんですう」とピエレットは言った。
「だってえ、侯爵夫人なんて難しい事いっぱいしなきゃでしょお?」
分かっているならいい。
エドゥアールの直近課題は、仕事で成果を出す事と相応しい妻を娶る事だろう。
――尤も、父上はそう長くないだろうけど。
姉の帰国前に父が亡くなれば、自動的にエドゥアールが侯爵となる。それが理想で一番簡単である。
嫁捜しは難航している。年の近い高位貴族の令嬢は概ね売約済みで、残っているのは下位貴族の令嬢ばかりだ。
がり勉ブスはお腹いっぱいなので、家柄が良くて従順で、意見や文句を言わない女がいい。それで落ち目の名家を中心に探りを入れている。
どれもパッとしない。
――本物のブスじゃ意味ないんだよ。
美貌は最優先事項だ。
思案するエドゥアールの横顔に、ピエレットが寝惚けた視線を注いだ。
「ピエレットのウザいいとこの事なんですけどお」
「うん? そう言えばどんな女か聞いてないな。出来が良いのか?」
「見た目はピエレットの圧勝ですよお? でもちょっと頭が良くってえ、それ以上に運動神経が凄いんですよお」
「プロのアスリート?」
「そうだったんですけどお、最近クビになりましたあ。ざまあ」
エドゥアールは、なんとなくその女に興味を引かれた。
「何の競技?」
「あー、エドゥアール様あ、いとこに興味持っちゃダメですう」
「いいから教えてよ」
「むー。浮気はダメですからねえ? あのですねえ、最初は競泳をしててえ、その後レーシング・ドライバーをしてましたあ」
「……ドラゴンの?」
「そうなんですよお。エドゥアール様の従兄さんと同じ業界ですよねえ。てか従姉がメイジだったとか初耳ですよお。ピエレットはよく知らないですけどお、レースに出るとすっごいお金になるんですってねえ」
「……下品な業界さ」
「でも王家主催とかありませえん? そもそもドラゴンって王様の持ち物だった気がするう。下品なんですかあ?」
「……所詮はギャンブルだ」
「それもそうですねえ。あー。ざまあだったけどお、いとこのお姉ちゃんどうしてるかなあ。やらしい体売って面白おかしく生きてるかなあ……」
「…………」
エドゥアールには、何か明確な考えがあった訳ではなかった。
ただピエレットの従姉とやらにコンタクトを取りたい、と思った。
使えるかも。何かに。弱みに――。
尚、宿泊施設への妨害工作は不発に終わる。
情報源からの続報で、追放夫婦の逗留先は「王家の離宮」と判明した。
さすがに手も足も出ない。
エドゥアールは「くっそ!」と床を踏み付けた。
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