追放夫婦とドラゴンと

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諸島で年を越したクロヴィスは、三日後の午前中に船を出す予定でいた。

出航当日、思わぬ邪魔が入った。全島に「出航禁止」が発令された。
理由は大規模な盗難事件の発生による。ある豪華クルーザーから何点もの高額ジュエリーが盗まれたらしい。
被害を訴えているのはベラの一家だ。船上パーティーの最中に盗難に遭ったと言って騒いでいる。事件の夜は、島で知り合った不特定多数の観光客らをクルーザーに招待していたと言う。
不用心による自業自得と言わざるを得ない。しかし地元憲兵隊は、自国の富豪一家からの被害届を無視出来なかった。

「――犯人逮捕まで、どなた様も島の外には出られませんよう」

チェックアウト後、マリーナのゲートに来て初めてクロヴィスは憲兵どもからの説明を受けた。
傍らにはスカイだけを伴っている。カリンは小鳥と共に街で消耗品の買い足しをしていて、一時間後に船で合流する事になっている。

マリーナ周辺では他のユーザーや地元漁師なども集まっていた。
彼らは皆憤慨し「帰国出来ない」、「商売が出来ない」と憲兵隊に非難の声を浴びせている。
なす術のない憲兵どもは「とにかくそう言う事なので」と繰り返すしかない。上から命じられた通りに仕事をしているだけで、連中には何の権限もない。

とんだ足止めにクロヴィスは、何か得体の知れない影を感じた。
予感的中のようで、人だかりの一角にベラとその一家を認めた。
ベラはクロヴィスと目を合わせるや、妖しい笑みを浮かべた。歪んだ目元がこう告げている。

「お困りですわよね? ――貴方がいけないのよ」

実際、クロヴィスは困っている。既にチェックアウトが済み、船に戻れないと自分達も荷物も行き場がない。それどころか、ここでの足止めが長引けばレース出場に支障をきたす。
十中八九盗難騒ぎはやらせで、嫌がらせだ。証拠はなくとも、あの悪意に満ちた表情が語っている。
「小賢しい」とクロヴィスは冷めた脳で想念した。

――だが切り札はこちらにある。

どうやらベラ一家は、ドラゴンへの理解もドラゴン・レーシングへの理解も足りていないと見える。
クロヴィスは、スカイの手綱を掴んだ。

「俺の思考を読め」

魔力を籠めると不可視のプラズマが生じた。手綱を経由し、ドラゴンに伝わる。
手綱は「チャネル」のツールで、レース中にドライバーとドラゴンの意識を高次元で結び付ける。「ネクストレベル」と呼ばれる領域だ。そこで異なる生物同士は完全に一体化出来る。だからドライバーはメイジでなくてはならないのだ。
チャネルを通じ、スカイはクロヴィスの思考や感情を読み取った。怒りや苛立ち、その元凶を知る。クロヴィスには殺意も害意も悪意もなく、疚しい心根は見当たらない。
レーシング・ドライバーは、なにも怒りを抱いてはならないという事はない。
いかっていい。悔やんでいいし妬んでいい。むしろレースにおいて、それらを抱かない方が可笑しい。
そもそもネガティブ感情を持ったからドラゴンに忌避されるのではない。
以前、ロータスピンクからキャンセルを食らったレティシアは身勝手な怒りを爆発させた。それだけでも罪だが、一番ダメだったのは己の感情や思考をロータスピンクに共有しなかった事だ。
レティシアには出来なかった。疚しさや妬ましさを自覚していたから、ドラゴンに知られたくなかった。
或いは俄かドライバーのレティシアは知らなかったのかもしれない。確かにドラゴンは人のネガティブ感情を毛嫌いする。だがジャッジはする。「こいつの怒りは真っ当か否か」を個体ごとに異なる判断が出来る。
疚しい事がないドライバーなら「読め」と言えるのだ。
それとて結局、普段からのコミュニケーションが大事になる。理解の浅い相手ではドラゴンも判断のしようがない。
ジャッジの結果、スカイはクロヴィスの怒りを「是」とした。島から出られないとレースにも出られず、現状では合流したカリンやキクイタダキが困る。
相手の行動はクロヴィスへの報復で、そこに正義はない。身勝手はあちら。

スカイは不快気に「ぐうう」と唸った。
クロヴィスはスカイに頷き、憲兵を見た。

「見ての通り俺はレーシング・ドライバーだ。レースを控えている為、ここで足止めは困る。抜き打ちの船内捜索と手荷物検査を受けるので、潔白と証明出来たなら即座に出航させてもらいたい」
「……あの、検査は、これからマリーナの皆様全員にお願いするところでありましたが、出航については上の判断が出ませんと何とも……」
「では俺が総督閣下に直談判する」

慌てる若い憲兵に詰め寄った時、ベラが近付いて言った。

「総督閣下とは懇意にしてますの。私どもの訴えを優先してくださる筈ですわ」
「…………」
「どうしても本日の出航に拘られるのでしたら、フィヨン大佐、私への無礼をこの場で謝罪してください」
「無礼? 謝罪?」
「貴方は私の尊厳に傷を付けました。父も一族も憤慨しております」

ベラが背後を振り返る。一族どもの睨む目がクロヴィスに注がれている。
クロヴィスは冷めた目でそれらを流し見、ベラを見た。

「無礼で謝罪が必要なのは君だ」
「よくも」
「総督が使えんなら――君らの国の国王に直訴する」

憲兵どももベラどもも惚けた。
クロヴィスは、やはり冷めた。

「我が国のドラゴンはこの島を出たがっている。それに待ったをかける君らはドラゴンを保有する全王室の理念、ドラゴン・ファーストに反する」
「デ、デタラメですわ。口が利けないドラゴンが出たがってるなんて」

ベラの言葉に、スカイの「ぐう」という唸り声が被さった。
その場の顔達が一斉に「ひい」と蒼褪め、仰け反った。





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