45 / 104
45 茶番
スカイは「ぐう」と唸り、ベラに首を向けた。
怒りの矛先が自分に向いていると知り、ベラは慌てて憲兵の後ろに隠れた。
「憲兵さん、助けて。この男、私に獣を嗾けてますわ!」
「……お嬢様、ドラゴンは獣ではありません」
憲兵はベラから距離を取り、クロヴィスに姿勢を正して見せた。
ドラゴンが殺意や害意、そして悪意に反応する事を知っている。そのドラゴンに睨まれているなら、ベラは守る対象ではない。
「出航の件、急ぎ総督閣下に確認致します。不可の判断が下された場合は、自分が責任を持って本島の元首、国王陛下に連絡を――」
「お待ちを!」と慌てた声を挟んだのは、ベラの父であるモウラ氏だ。
「そんな大事にしないでください。ジュエリーごとき、もう諦めますから」
「お父様!」とベラは悲鳴のような声を上げたが、モウラ一家は既に娘に構っていられなかった。
モウラは叱る口調で娘に言った。
「こんな些細な事で王家に睨まれてたまるか!」
「だって、――じゃあ彼のこの私への侮辱を許すと仰るの」
「とどのつまりフラれただけだろうが、お前は! 全く、弄ばれたなどと泣き付くから憐れに思って付き合ってやったと言うのに……」
クロヴィスは、父親諸共娘を睨んだ。
「まさか茶番なのか? 島内の人々をこれほど巻き込んで?」
クロヴィスの背後にはギャラリーとマリーナの利用者らが集結している。
大勢からの冷たい目線に晒されたモウラは、額に脂汗を浮かべた。
「とと、とんでもない。ちょっと、我が儘な娘が大袈裟に騒いでしまっただけなのですよ。いやあ、いい歳をしてお恥ずかしい限りで……」
「ではジュエリーの盗難はもういいんだな?」
「勿論です勿論です。届けを取り下げます」
するとマリーナの前は「なんて人騒がせな」、「どうせ失くしただけ」と憤慨する人々の声で溢れかえった。
めでたく届け出が無くなり、出航禁止もその場で解除された。
クロヴィスは、マリーナの利用者らによる感謝の拍手を背に受け、海洋調査船を停泊させている桟橋へ歩を進めた。のたのたと後を追うスカイの不満顔が「なんなのさ」と言っている。
禁止解除後、迷惑一家はそそくさとクルーザーに逃げ戻った。父親に引っ立てられていくベラは子供のように泣きじゃくるばかりで、謝罪も何もなかった。
肩越しにスカイを見て、クロヴィスは軽く唸った。
「俺の脇が甘い所為で、つまらない事に巻き込まれた」
「くうくう」
「責めるな。浮かれていたんだ。あまりにカリンが素晴らしく……」
「くう?」
「……なんでもない」
仮にチャネルを経ても、理解出来ないものはある。
「それより出航準備だ。背のトランクをデッキに下ろせ」
「くう」
「カリンのトランクは丁寧に扱えよ。傷一つ付けるな」
「くう」
一人と一体は、作業に取り掛かった。
カリンは、島のデリカテッセンで航海中のつまみやら何やらを買い揃えていた。
その最中、なんとビーストハンターの青年に声を掛けられた。
「お姉さん、この前ゴールドクレストを連れてましたよね? 麦わら帽子の飾りに擬態させてるトコを見ましたよ。あれはこの島に生息している筈がない小鳥です。ビーストなんでしょ? そうなんでしょ」
店内には他の買い物客もいて、なんだなんだとカリンと青年に視線が集まった。
カリンは密かに深呼吸をして、彼に微笑んで見せた。
「面白い事を仰るんですね。貴方がご覧になったのは、こちらの小鳥では?」
ハンドバッグからウール百パーセントのニセイタダキを取り出す。
青年はポカンと惚けた。
ぬいぐるみと知った周囲は、青年の早とちりに噴き出した。
青年は「あれ? 俺、視力落ちたかな……」と首を捻った後、カリンにぺこりと頭を下げた。
「なんかすんません。ビーストに会いたい一心でとんだ失礼を」
「いいえ。では私はこれで」
若きビーストハンターと別れ、カリンは店を後にした。
マリーナに向かいながら、ちょっと可哀そうな事をしたかな、と思えてくる。
彼は純粋に未確認生物を発見したいだけの、少年のような青年だった。
「ゴールドクレストが島にいない事を知ってたのも感心だし、お話ししてあげても良かったかもね、キクイタダキさん?」
すると、ポケットの中から「嫌、です」と素っ気ない声が返って来た。
「知らない人とは口を利いちゃいけないの、です」
「そうね、箱入り王子様」
マリーナのゲートが見えてきた。何故か人だかりになっている。
その中心で、クロヴィスがカリンを待ち構えていた。
駆け寄った彼は、カリンの手から軽いショッピングバッグを攫う。
「丁度、迎えに行こうとしていた」
「それはどうも。ところで、こちらのギャラリーの方々は?」
「見送りの連中だ。無視していい」
「大変ですね、有名人さん」
「見物人のお目当てはスカイだ」
「いよいよさよならですねえ……」
話しながら夫妻は揃ってゲートを抜ける。
桟橋の前では、見知らぬ中年男性が憲兵を従えて直立していた。
「フィヨン大佐、この度はとんだお手間を取らせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
訳の分からないカリンに、クロヴィスの耳打ちが「総督閣下だ」と教えた。
島の自治権を握る総督は続けた。
「お騒がせ一家への処罰は王家に委ねる事になり――」
クロヴィスが彼の言葉を遮った。
「貴方も大概偏ったものの見方をされていたようだが、責任はないと?」
「え、いや、その」
「漁場に行けなかった漁師が大勢いたようだが、問題はないと?」
「て、適切な補償を」
クロヴィスの双眸が細くなった。
「当然だろう。次からは安直な判断を下す前に証言の裏を取る事だな」
「はい、はい。仰る通り」
「貴国の国王陛下がどのような処罰を下されるか、注視している。総督閣下には、ありのままの報告を期待する」
「はい、はい。勿論でございます」
カリンは、平謝りのお偉いさんを目の当たりにして惚けるしかなかった。
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
元婚約者に未練タラタラな旦那様、もういらないんだけど?
しゃーりん
恋愛
結婚して3年、今日も旦那様が離婚してほしいと言い、ロザリアは断る。
いつもそれで終わるのに、今日の旦那様は違いました。
どうやら元婚約者と再会したらしく、彼女と再婚したいらしいそうです。
そうなの?でもそれを義両親が認めてくれると思います?
旦那様が出て行ってくれるのであれば離婚しますよ?というお話です。
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
いくつもの、最期の願い
しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。
夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。
そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。
メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。
死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。