復縁不可の筈ですが、

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34 無縁




この日、クロディーヌは王都郊外の孤児院に足を運んでいた。
土曜日なのでアベルを誘ったところ、彼はフットボール競技用の球をいくつも持ち込んだ。サイズの異なる運動ウェアと運動シューズまで揃っている。
男子達は大喜びでボールに飛び付き、配布の流れでアベルはフットボール講座を始めた。

「――どの球技にも言える事だが動きはコンパクトに。取っ散らかるな。インパクト時は接触面を意識するといい」
「うんうん……」

俄か体育教師のアベルを見て、クロディーヌは「うふふ」と頬を緩めた。
こちらは女子達に、花の刺繍のハンカチをプレゼントしている。クッキーの差し入れは男女共通だ。
ハンカチを受け取った幼女が「有難う、お姉さん」とクロディーヌに無邪気な笑みを向けた。
「いいのよ」と微笑んだクロディーヌの横顔に、別の女子が発した。

「これ、作るの難しそうですね?」
「そんな事ないわ。簡単よ」

女子らの目が輝いた。

「じゃあ教えてください!」
「え……」

一瞬頬を引き攣らせたクロディーヌは、こちらに来るところのアベルを視界の端に入れて笑みを維持した。

「え、ええ、勿論よ……」
「やったー。ちょっと前に王女様が来て、色々教えてくだすったんですよ」

一人が言った直後、もう一人が「違うよ、大公妃様だよ」と訂正を入れた。

「刺繍とかクッキーの作り方を教えてくれたよねえ」
「王妃様のバイオリン演奏もうっとりした。初めて触らせてもらったよねえ、バイオリンなんてさ」

盛り上がる女子らの目線が「公爵令嬢様」に集中した。

「これからもうちらのとこに来てくださいますか? 王族の方々は忙しいからあんまり無理が言えなくて」

クロディーヌは背後にアベルの気配を感じつつ、「王族じゃない私は暇だから大丈夫だよねって事?」という突っ込みを胸に仕舞い込んで、笑みを輝かせた。

「ええ、そのつもりよ」
「やったー。刺繍教えてもらえるー」

隣に並んだアベルが、無邪気な笑顔の群れを前にし「ふむ」とクロディーヌに頷いて見せた。

「人気者だな、君は。大したものだ」
「そんな事ありませんわよ。おほほほ、ほ……」

クロディーヌは、郊外に足を延ばした事を激しく後悔していた。
称賛しか欲しくない。余計な約束は要らないのに。

――近場の養育院に行き辛くなったお陰で、仕事を増やす羽目になるなんて。

ユーゴとかいう生意気な少年が第三王子妃を焚き付けた所為だ。
絵本の読み聞かせは楽しかった。自分の能力を披露するだけで良かった。でも教育指導は大変過ぎる。理解力には個人差がある。呑み込みが遅い者が必ずいる。
そんなの絶対モヤモヤする。美容と健康に悪い。自分を脅かすストレスのリスクを鑑み、クロディーヌは養育院での活動を休止する事にした。子供達の顔ぶれが入れ替わった頃に戻る。

――既に立派な人とやらがいるのも嫌だわ。

誰だか知らないが意味なくハードルを上げてくれた。成金の平民だろう。
一過性の分際でクロディーヌを差し置いて前に出ないで欲しい。



王都に引き返す馬車に揺られながら、アベルが口を開いた。

「楽しかったな」
「そう、です、ね」

クロディーヌは痞えた返事をした。馬車は馬車でも荷馬車の荷台に直に座り込んでいるので、振動が全身に伝わる。油断したら舌を噛む。そしてガタガタと煩い。
ボランティアなのに優雅な乗り物移動では不自然、と気付いたのでこうなった。
軍人のアベルは不快な乗り物に慣れているようで平然としている。傍らで寝転がっているのは運搬係として駆り出された彼の部下だ。
昼寝中の部下を一瞥し、彼は言った。

「今日の君は、質素な恰好をしているのに輝いて見えた」
「綺麗な、恰好では、作業の邪魔、ですもの」

クロディーヌは歯痒かった。折角の良いコメントが決まらない。
嘆息を吐き、アベルは後部の幌の隙間から外を見た。

「慈善活動などキアラには無縁だった。今も、人の世話を焼く余裕はなかろうな」

「なんでここで妻の話になるの」とクロディーヌはやはり歯痒かった。
モヤモヤを堪えて笑みを湛える。

「貴婦人としての、お勉強が、まだまだでいら、っしゃるのでしょう」
「……何か、妹君から聞いたか?」
「いえ、何も。ただ察しは、付いています」

別人格云々の事情なら調べが付いている。キアラは長らくエルマンと同じ症状に陥っていた。
「……そうか」と頷き、アベルは立てた膝に顎を載せた。

「実は来週、キアラに直接会う」
「それは良かっ、たですね」
「約束を取り付けたものの、彼女と何を話せばいいのか分からん」

クロディーヌは笑みを湛え続けた。対抗馬にアドヴァイスを求めるアベルの無神経さには目を瞑り「よき友人」を演じる。

「今日の事を、お話に、なっては? 子供達と、フットボールを楽しんだと。感銘を受けられたキアラ様が、慈善活動に、取り組まれるかもしれません、よ」

アベルは軽く瞠目した。

「それは、良い考えだな」
「ええ」

クロディーヌは「無理でしょう」と口の中で付け足した。
最近「戻って来た」らしいキアラには、アベルも言った通り余裕がない。
人の世話を焼いている場合ではない。どうせ自分の事で手一杯だ。





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