復縁不可の筈ですが、

C t R

文字の大きさ
64 / 77

64 古代の魔法




正午前。
氷河から無事に帰還したシャプレがカントリーハウスの作戦会議に合流した。
再会したシャプレの面持ちがいつになく深刻そうで、キアラは面食らった。

「ドクター・シャプレ、お疲れなのですね?」

力なく笑んで見せたシャプレは、気遣うキアラの肩を摩り、スノードロップの耳の下をくしゃりと撫でる。
応接セットに加わると項垂れ、深い深呼吸をして顔を上げた。

「謎のドームは、我々の目に危機と映っていません。ただあるだけ、ただ人間を外に出さないだけの巨大オブジェです。しかしこの認識は危険です。実は我々には猶予など残されていないのです」

彼女の硬い口調に、執務室の空気が張り詰める。
見た目はインパクトのある異常事態であっても差し迫った状況下にない為、皆どこか悠長に構えていた。
それが大間違いだとシャプレは指摘した。



「――ドームは、バードケージです」

切り出したシャプレは、一拍後にこう改めた。

「バードケージは可愛過ぎました。バードフィーダーです」

屋外に設置する野鳥用の餌台を想念して、キアラはシャプレを見た。

「どういう――」
「餌なんですよ、中にいる人間は。生贄です」
「生、贄――?」
「オカルトでしょう? さすが古代の魔法です」
「え? あのドームも古代の魔法なんですか?」
「そうです」

頷いたシャプレは、高位の面々に視線を流した。

「テロリストの名はクレマンソー、でしたっけ」

「ああ」と王太子がローテーブルの書類に目を落とした。

「そなたの依頼で王室直下の捜査機関が身元を特定した。しかし面識のない相手に繋がるヒントをよく国外で突き止められたな、ドクター・シャプレよ」
「当然です。私は、女士官とやらの父親の方と浅からぬ因縁があります。学生だった私の論文を奪った奴ですからね」
「テロリストは学者の娘、か。未だ解せん」
「父親は王都の家系ですが、母方を遡るとヴァルデック侯爵領に続いているとか。その縁でこちらを所属に選んだのでしょう」

シャプレの目がアベルに向かった。

「これは侯爵領にとっては朗報と言えますよ、侯爵閣下。テロリストは貴方が直に採用した士官ではなく地縁も薄い。しかも現在は陸軍省に出向中で、閣下との接触機会はゼロに等しかったんです」
「そうか。だが朗報でも何でもない」
「失礼しました」

シャプレは王太子に向き戻った。

「氷河で聖遺物の紛失事件を追う内にクレマンソーの父親の名に辿りつきました。奴は氷河に来ていたんです。私よりも何十年も前にです。その上アームによる憑依現象を承知していながら、どこにも報告も発表もしなかった訳です」

「やはり解せん」と王太子が唸る。
シャプレは「解せます」と切り返した。

「しょうもない野望ですよ。それを娘が引き継ぎ、王都を包囲しているんです」

キアラは瞬いた。話が飛んだように思える。

「あの、憑依とドームは関係があるんですか?」

「ああ、説明不足でしたね」とシャプレは一つ頷いた。

「ドーム出現はプロセスの一環です。完成した作品ではないって事です」
「プロセス、ですか」
「生贄を逃がさない為の単なる容器ですからね、あれ」

キアラは青褪めた。恐い事を閃いてしまった。

「まさか憑依の魔法には――生贄が必要なんですか?」

シャプレは簡単に「そうです」と言い放った。

「そしてこの恐ろしい魔法の生みの親が、貴女もよく知るナディアです」

キアラは言葉を失った。



クレマンソーの父プロフェッサー・モレは、現在どの研究機関にも籍がない。
病により教授職を引退した。ところが去年、入院先から娘が自主退院させて以来、行方知れずとなっている。
「娘が匿っている」と城は見たが、シャプレには別の推測があった。

「モレは死んでいると思いますね」

キアラは懲りず青褪める。また恐い事を閃いてしまった。

「まさかクレマンソー少尉が憑依を行いたい理由って――」
「冴えてますね、キアラ様。クレマンソーは死んだ父親のアームを憑依させる気でいる、要は生き返らせようとしている、と私も考えます」

王太子が膝の上で拳を握った。

「父親一人の為に王都の民を捕らえているとぬかすか。何故大勢を巻き込む。憑依させたいならば一人の肉体で足りよう」

これに王太子妃が首を傾げた。

「大勢の中から父親に適合する人間を捜しているのでは? 波長が合わねば乗っ取りは叶わないのでしょう?」

そう言えば、と王太子の目がシャプレに向かった。
シャプレは項垂れ、深い嘆息をした。

「そう、お考えになられますよね、普通は」
「違うのか?」
「仰る通り、乗っ取れる体は一つですが生贄はまた別です。切り離して考えなくてはいけません」

一同の空気に困惑が滲む。
シャプレは顔を上げた。

「憑依ですから、アームを入手する必要があります。死んだ人間をこの世に呼び戻すって事です。それ、易い作業だと思われますか?」
「……思わん」
「一人殺した殺人犯は死刑、みたいな人間社会の法とは別次元の話です。理を捻じ曲げる行為ですからね。これに見合うエナジーと犠牲は計り知れません」

やっと、一同の脳裏にシャプレと同種の危機感が過った。
王太子が茫然と言った。

「一つのアームを呼び戻すのに数千、いや数万もの生贄が必要なのだな」

シャプレは「仰る通り」を繰り返した。





感想 110

あなたにおすすめの小説

今世、悪女が消えた世界で

shinonome
恋愛
侯爵家の令嬢である私 未来の皇帝の妃となる存在だったけれど 妹であるルナティアが「奇跡の力」に覚醒したことにより 妹に妃の立場と皇帝の愛を奪われ 自分は妹に仕える者に成り下がってしまった。 終いには、ルナティアを殺そうとしたと冤罪をかけられてしまい全ての者から見捨てられ 私が選ぶことができたのは自ら命を絶つことだけ。 けれど偶然か必然か分からない。 未来の皇帝と婚約する1年前、8歳の頃に戻っていた。 どうして時が巻き戻ったのか分からない。 けれど今世も傷ついたりするのはたくさんだ。 今世は私の人生を取り戻す。 そのためには婚約者や、妹はもう ____いらない。 奪われ見捨てられた令嬢が 今世は、自分の人生を取り戻しながらも ある真実を知るお話。

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?

ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。 イケメン達を翻弄するも無自覚。 ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。 そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ… 剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。 御脱字、申し訳ございません。 1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。 楽しんでいただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 *本作品の無断転載・AI学習への利用を禁止します。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

元の世界に帰らせていただきます!

にゃみ3
恋愛
淡い夢物語のように、望む全てが叶うとは限らない。 そう分かっていたとしても、私は敵ばかりの世界で妬まれ、嫌われ、疎まれることに、耐えられなかったの。 「ごめんね、バイバイ……」 限界なので、元いた世界に帰らせていただきます。 ・・・ 数話で完結します、ハピエン!

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。