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エピローグ章
46 嘘だし
雨の日も雪の日も吹雪の日も、ユーグは充実していた。
レアメタル発見以来、笑いが止まらない。
報を流すや、各方面から問い合わせが殺到した。「ぜひうちと契約を!」と名乗りを上げる連中を吟味していたユーグは、ある国家に注目した。
大陸山脈に埋没するほどの小国ながら時計産業の聖地として名を馳せている。彼らの製品にはユーグ自身も長らく世話になってきた。
近年の腕時計は、宝飾品の頂点と言っていい。屋敷や高級クルーザーに匹敵する資産価値を持つ逸品もゴロゴロある。
勝機を見出し、ユーグは小国と手を結ぶ事で合意した。
契約提携から間もなく、世界最高峰の時計メーカーから五本限定生産の腕時計が贈られてきた。あっても邪魔にならないプレゼントなので、ユーグは遠慮なくそれを受け取っておいた。
笑いが止まらない一方で、邪魔になるプレゼントが度々贈られていた。
オリビアからの謎のランチボックスだ。
三度目の贈り物を前にし、さすがに呆れたユーグは上陸中のオリビアを港で捉まえた。
「この前、気遣いは要らんと俺は言ったよな?」
「どうか遠慮なさらないでください! 家族の夕食と一緒に作ってるからそれほど手間はかかってないんです」
笑顔を煌めかせるオリビアには、嘆息しか出なかった。
「お前の手間より俺の手間を考えろ」
「ええと? どういう意味ですか?」
「今のこの状況だ。まず箱を洗って返却するのが面倒臭い」
「捨ててくださって構わないのに、閣下ったら律儀なんですもの」
「なら最初から紙製の箱に……いやそうじゃない。そもそもお前がこんなものを寄越さなければいいんだよ」
「遠慮なさらないで! 私の手料理美味しいでしょ? 兄達の評判も良くて」
ユーグは一気に疲れた。善意は押し付けられると非常に疲れるのだ。
仕方なく告げた。
「美味いかどうかは知らん。俺は食っていない」
「……え? じゃあ」
「捨ててはない。イグアナが処理している」
オリビアの目線が足元に落ちた。
イグアナはのそりと彼女を仰いだ後、素っ気なく顔を逸らした。「有難う!」という感じではない。
ユーグは続けた。
「こいつが食わん事もある。そういう時は港の警備どもにくれてやっている。悪いと思って黙っていたが、それはそれで悪いからもう言っておく」
「……閣下は、全然食べてないのですか?」
「近ごろ俺は早朝に船に戻っていた。冷めたディナーメニューを食いたい時間帯だと思うか?」
「…………」
すれ違った時点で贈るべきではなかったのだ。
基本彼女は気が利く。なのに肝心なところが抜けてしまったのは思い込みから。
感謝されている、嬉しい筈という先入観だ。
それは悪意ではないのだろうが、
「迷惑だ。もう寄越すな」
じゃあな、と言ってユーグはイグアナと共に踵を返した。
オリビアを哀れとは思わなかった。大した手間ではないと本人が言っていたし、ユーグの方が確実にオリビアよりも疲れている。
こちとら徹夜明けで眠い。シャワーを浴びてひと眠りしたかった。
眠れば夢でシャロンに会える。ここに来て毎日のように視ているので、今日もシャロンから「お帰りなさい」のキスを頬にもらえるに違いない。
我ながら軽く病んでいる。
翌週。
実に意味不明な事に、早朝ユーグはまたも謎の紙袋と対面した。
これまでとの違いは中身がモーニングって点だ。
「……メニューの問題じゃない」
オリビアは何も理解していなかったらしい。
面倒臭さをおしてユーグはオリビアの陸の家に向かった。
丁度キッチンの勝手口から出てきた彼女を捉まえ、手付かずの紙袋を突き出した。
「寄越すなと言っただろ」
「どうか遠慮なさらないでください」
オリビアの笑顔は相変わらず輝いていた。
ユーグを分かった気になっている。迷惑な筈が無いという自信がある。
堂々巡りにユーグは苛立った。
「余計な事をするな。お前が作ったメシなど要らんのだ!」
オリビアは呆け、石になった。やっと理解したようだった。
ユーグの叱責する声を聞きつけて、家から兄達が顔を出した。
「え、閣下? 一体――」
丁度良いのでユーグは、硬直したオリビアの代わりに兄の方に紙袋を押し付けた。
「お前らが食え。俺は要らん」
「え、え? なんですコレ?」
「妹手製の弁当だ」
「え? 弁当?」
説明が面倒なので兄どもを放り出す。
立ち去るユーグの背中に、オリビアが言い放った。
「酷い、酷い! 閣下は私を弄んだ!」
兄達はぎょっとして妹とユーグを交互に見る。
ユーグは去る足を止め、オリビアを肩越しに振り返った。
「お前は何を言っている」
「だって私の事好きだったでしょ。私の体とか見てたし!」
オリビアは顔を真っ赤にして憤り、兄達は逆に蒼褪めた。
兄妹を眺め、ユーグは白けた。
「お前なんぞ知るか。勝手にそう思ってろ」
「セクハラだから! 訴えてやる!」
「ばっか! よせ!」と焦った声を上げたのは兄達だった。
背後で騒ぐ兄妹を無視して、ユーグはその場を後にした。
大陸本土の実家に戻ったオリビアは「絶対許さない!」と息巻いた。
両親は困惑し、母親が娘に切り出した。
「ねえオリビアちゃん、セクハラって本当なの? 貴女、誰を相手に訴えようとしてるのかちゃんと分かってる?」
「分かってるよ! 聞いてママ、通り過ぎ様にさり気なく胸とかお尻とかタッチされた事あるんだよ!」
「どうして今まで黙ってたの?」
「だって両想いだと思ってたから、彼を許してあげるつもりだったの。でももう許さないんだから!」
父親は頭を抱えた。
「それは、――仮に今の話が本当でも彼を訴えられん。何の証拠も無い」
「証拠なんて! 私の証言があるじゃない!」
「相手は大物なんだ。一人の声では通用せん。せめて目撃証人はおらんのか」
オリビアはむうっと頬を膨らませてリビングルームで一人立ち上がった。
「いいわ。証人を捜せばいいんでしょ!」
でも捜せなかった。
船にも島にもオリビアの為に証言してくれる者などいなかった。
「なんでよ!」と突っかかったオリビアに、デリの店主は困惑した。
「証言台に立って見てないものを見たとは言えないよ。君が閣下に片想いしてたのは知ってるし応援もしてたけど、嘘はダメだよ……」
「でも閣下は私の事好きって言ってたでしょ?」
「いや、聞いた事ない……」
店主だけでなく誰もが「聞いた事がない」と言い張った。
島の人間は皆してユーグに忠実で、まるで使えなかった。
焦れたオリビアは閃き、同僚に詰め寄った。
「ねえ証言して!」
「……無理。総督に睨まれちゃう」
「薄情者!」
「……あんたが本当に性被害者なら力になるけど、百パー嘘だし」
「嘘じゃないもん!」
「……とにかく無理。うちの実家、来月からニュー・アウロラ島で商売始めるから揉め事はマズいの」
同僚の言葉に、オリビアはドキリとした。
彼女の実家とオリビアの実家は取り扱う商品が被る。
つまり、この騒ぎが元でオリビアの実家が営む支店が島から撤退しても、ユーグは痛くも痒くもないって事だ。
同僚は嘆息し、オリビアの肩を叩いた。
「もう大人しくしてなよ。あんた可愛いんだから、これからだって良い出会いがいっぱいあるって。気まずいなら上司に言ってこの航路から外れたらいいし」
オリビアは返す言葉が無かった。
ただ、なんで負けたんだろう、とそればかり考えていた。
だって可笑しい。オリビアはこんなに素敵で、キラキラしている。
遠距離恋愛の彼女なんかに負ける筈ないのに――。
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