1 / 60
01 場所はどこでも
しおりを挟む仕事が出来れば、場所はどこでも――。
ルネ・ペリオは、車窓を流れる景色を眺めていた。
今朝早く汽車で王都を発ち、北東方面を目指している。
既に婚約手続きが完了しているそうなので、ゆくゆくは夫となる辺境伯の元へ赴くよう言われた。新しい環境に早く慣れた方が良いだろうという配慮らしい。
――配慮と言うか、追い出し?
追い出しの結果、ルネは汽車に揺られている。
王国北東端の内陸に位置する辺境伯領については基本データしか持っておらず、縁もゆかりもなく知り合いも一人もいない。
――通称、ドラゴン辺境伯領。
尚、王都では別の名でも呼ばれている。
――辺鄙な寒冷地。
なんとなく響きがシャープな「辺境」ではなく敢えての「辺鄙」。渾名に違わず険しい山々に囲まれた所謂陸の孤島で、通称が示す通りドラゴンが生息している。
ドラゴンなんて心がときめくワードだと思う。観光目的で行くならば。
――嫁ぐとなると、ちょっと考える。
ちょっとも何も、考える暇などなかった。
えらい事になってしまった。養父でもある叔父の「やらかし」でこうなった。
宮廷で絵画や壁画の修復をしている叔父は、無口で偏屈で扱い難い職人気質の中年男だ。
城では大層浮いていて、気位の高い貴族らには人気が無い。というか確実に嫌われている。叔父の方も彼らを嫌っているからお互い様だ。
先週、仕事中の叔父の作業部屋に、いきなり高位貴族の大臣が部下達をぞろぞろと引き連れてやって来た。
「邪魔するよ、君。部下達に珍しい芸術鑑賞ツアーをしてやりたいのでね」
「……はあ」
藪から棒な要望でも、弱小子爵に過ぎない叔父に拒否権は無い。
叔父は来訪者らを無視し、修復予定の絵画を見ていた。その背に大臣が歩み寄った。
「ほう。これはかの有名な宗教画かね」
「……はあ」
「美しい。この隅にいる天使の金髪なんて触れられそうなほど繊細だ」
「……はあ」
名画を前に気を良くした大臣は蘊蓄大会を始め、部下達を感心させた。
長話中、叔父は何度も首を傾げた末に、重い口を開いた。
「……年代が違います」
「うん? そうだったか。まあこちとら美術の専門家じゃないからね、十年以内の誤認はあるあるって事で」
「……二十年違います」
「そんな細かい事はいいんだよ」
「……作者も違います」
「んん? それはさすがに嘘だろう」
「……天使だけは弟子が描いたので」
「そんな細かい事はいいんだよ」
叔父の猫背をバシバシと叩いて大臣は笑った。
仕事の邪魔をされていた事もあり、叔父はかなり苛立っていた。その所為で利かなくてもいい口を利いた。
「仮にも芸術鑑賞ツアーなら適当語るなよ」
沈黙した場の冷気と言ったらなかったそうだ。
部下達の前で恥を掻かされた大臣は憤慨し、城の中枢に対して「無礼な宮廷画家に厳罰を!」と声高に訴えた。
不敬罪が適用される事案とあって、叔父は窮地に立たされた。
幸か不幸か、芸術の味方である王家は叔父の能力を高く評価していた。叔父は修復チームのチーフを務めている。実刑はマズい。作業を放り出されては城が困る。
ある王族が妙案を閃いた。
「ならばこうしよう。本人でなく娘の方に相応の罰を与える」
それで娘ことルネは、辺鄙な寒冷地に向かう羽目になった。
先週までルネに婚約者はいなかった。
今年二十歳。結婚するには早くも遅くもない。
――だから都合よく相応の罰とやらが与えられた、と。
王都中央駅で送り出す際、叔父は悪びれずルネに言った。
「俺は悪くない」
「私も悪くないですけど罰を受けるのは私です」
「……すまんと思っている」
「いいですよ」
ルネは苦笑した。
「叔父様には引き取ってもらった恩がありますから。それに私は――」
仕事が出来れば、場所はどこでも――。
場所はどこでも、とは言ったものの辺境伯領は遠かった。
国外に出るより遠いと感じたのは、船や鉄道一本で移動出来なかった所為だ。
北東方面の駅は隣領の領都が終点となっていて、領境である山脈を越すレールの敷設はなく、鉄橋もトンネルもない。
峠道をひたすら馬車で上って下った末に、やっと平野部に入った。
ドラゴン辺境伯領は広大で、国内第二位の面積を誇る。王国に属するまでは大公国として栄華を極めた。
――辺境伯家は大公の末裔にあたる。
王国内に存在するもう一つの小さな王家という訳だ。
三百年前に併合した際、王国は彼ら小さな王家を根絶やしにしなかった。
――彼らが持つドラゴンを惜しんだ。
使えると思った。
危険視もした。だから辺鄙な環境にドラゴンごと彼らを封じ込め、国境警備をさせている。
そういった歴史からか、彼ら辺境の末裔達は中央だけでなく地方貴族からも「田舎者」と軽視されがちだ。――地方の人を「田舎者」と嘲るのが同じく地方の人だったりするのはどういう事なのだろう。
――誰であれ、あまり人様を軽く見ない方が良い。
馬車が停止し、ルネは車外に降り立った。
領主の居城に着いた。中世時代の遺産、通称ドラゴン城だ。
灰色がかった白い石造りの外壁に、大小様々な尖塔や煙突が突き出た重厚な屋根。外壁を飾るドラゴンの彫像はバリエーションが多い。巨大建造物の魔除けにキメラのモチーフを採用する事はよくある。
道中、城塞都市の至る所でもドラゴンの像が見られた。
城に来るまでに、ルネは生きたドラゴンを一体も見ていない。王都には「辺境伯領は犬の散歩みたくドラゴンが町中を練り歩いている」という噂があったけれど完全にデマだった。
今日から、この巨大な城がルネの住まいとなる。
第一印象は「ステキ」でも「歴史ロマン」でもなく、「大変そう」だ。
手入れが大変そう。維持が大変そう。移動が大変そう。
――冬は寒そう。
452
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。
バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。
全123話
※小説家になろう様にも掲載しています。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる