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02 麗しの婚約者

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城のエントランスでルネを出迎えたのは、軍服姿の若い男女だった。
美しい長身女性が半歩前に出た。機敏な敬礼の拍子に、軍帽の下から赤みがかった金髪が僅かに覗く。凛々しいショートカットがよく似合っている。

「ようこそ、ルネ・ペリオ様。自分は護衛のエレーヌ・グリュヌ陸軍少尉であります。こちらは兄のエミールで同じく少尉であります」

つまりどちらも「グリュヌ少尉」となる。
ルネの心中を察し、妹エレーヌが言った。

「我らをお呼びになる際は、それぞれの名でお願い致します」
「エレーヌ、少尉?」
「は。城の者も皆そのように呼びます」

エレーヌに頷いたルネは、兄エミールの方に視線を移した。こちらは敬礼はなく軽く顎を引いただけ。
美形兄妹ながら揃って表情が無い。職務中の軍人なので当たり前。
ルネは兄妹に一礼した。

「今日からお世話になります」

またエレーヌだけが「は」と姿勢良く答えた。



出迎えからして「妙だな」とは思っていた。
ルネを待ち構えていたのは城主でもその家族でも使用人でもなく軍人兄妹のみ。
これから向かうのは城内の筈なのに、外出時みたく護衛が付く。謎過ぎた。
もっと謎な事に、案内役の軍人兄妹は一度入った城内の回廊から外に出て、広い庭園を北西方向に突っ切っていく。
園の中央に建つ金色のドラゴン像を遠目にしながら着いたのは「小ドラゴンの塔」という要塞跡だった。三階建ての尖塔は屋根が黒い所為で鉛筆っぽい。
軍人兄妹の、妹の方が肩越しにルネを振り返った。

「こちらの別棟にご滞在頂きます」
「あ、はい」

謎が一つ解けた。ルネの宿泊先はこの「離れ」らしい。
エレーヌは続けた。

「一階は主に応接間でして、玄関横の小部屋は衛兵室となっております」
「はい」
「二階と三階部分がルネ様のお部屋です。ご自由にお使いください」
「はい」

軍人兄妹を追って、ルネは二階へ続く石の階段を慎重に踏み上がった。手摺り代わりの太いロープが要塞感満載だ。
二階部分は、通路やバスルームを除けばベッドルームで占められていた。広々とした設計である反面、梁が剥き出しの天井が高い。寒そう、と再び想念したルネだったが、壁際の立派なマントルピースを認めて一先ず安堵した。
調度品の乏しい室内ながら掃き掃除と拭き掃除は行き届いているし、ベッドメイキングもされている。メイド達の影も形もないのでお礼は言えない。
ベッド脇のラグに四つのトランクを運び置いた軍人兄妹は、内見中のルネを振り返った。
やはりエレーヌが切り出す。

「正午が近いので、お食事をお持ち致します」

ルネは軽く片手をあげた。

「食事の前にエレーヌ少尉、一つよろしいでしょうか」
「は」
「まだどなた様にもご挨拶を申し上げておりません。皆様お忙しい事とは存じますが、ぜひ辺境伯閣下と一族の方へのご面会をお許し頂けないでしょうか」

エレーヌの表情が僅かに曇った。

「その、申し訳ございません、ルネ様。閣下は外出中でして。また、お母上様で前公爵夫人であらせられるアマンディーヌ様は今朝から体調が悪く……」

それが嘘か本当かを知る術が、ルネには無い。

「そうでしたか。ではせめてお城の使用人の皆さんにご挨拶をさせてください。これからお世話になる方々ですから」
「その、」

エレーヌの視線が遂に床に落ち、彷徨い始めた。
彼女は嘘が吐けない、実直なんだな、とルネは感心ごと軽く嘆息した。

「到着の時点で察しておりました。どうやら私は、この辺境伯領にとって招かれざる客のようですね」

「その通りです」と答えたのは兄エミールだった。やっと声が聞けた。



ルネは、処罰の身代わりとして辺境伯領にやって来た。

――そりゃあ、押し付けられる側は堪らないよね。

歓迎される筈がない。納得しながら、パンを一口に千切って頬張る。
素朴な風味のパンにどこか懐かしさを覚えた。

結局、昼食は一階応接間のテーブルに運んでもらった。
野菜スープとパンという質素なメニューは全体的に味がぼんやりしている。色々と足りていない。ジャムかバターが欲しいところだけれど付属していなかった。
飲み物はコップの水のみ。水で薄めるほど味は無い。

――例えるなら囚人メニュー。

しかし監獄の給食にもマーガリンくらいは付いていると聞く。
ルネは囚人を越えてしまったようだ。

食卓に軍人兄妹を呼んだら案の定、妹の方だけが応じてくれた。
そもそも今ここでランチを取っているのは、朝から出迎え準備をしてくれた兄妹を慮ったからだ。聞けば、塔の掃除は兄妹が行ったと言う。
なのに兄の方は「遠慮します」と素気無く跳ね付けて衛兵室に引き上げて行った。
「兄は大変な頑固者でして」とエレーヌが申し訳なさげに眉尻を下げた。因みに、囚人メニューについて彼女はコメントを控えている。これが彼女達の日常的なランチメニューでない事は明白だ。
素朴なパンをもそもそと咀嚼した後、エレーヌは告げた。

「兄とて、本当は死ぬほど腹が減っているんです。だから余計に苛立つんです。やせ我慢です。完全に意味のない頑張りです。腹が減っては戦が出来ぬという極東の諺を知らんのです」
「それ私も聞いた事あります。では今回は、食べられる時にちゃんと食べているエレーヌ少尉が正解となるワケですね」

エレーヌの青い瞳がぱあっと輝いた。

「肯定してくださるのですか」
「はい。私も、男性にありがちな意固地は無意味だと常々感じています」
「ルネ様は柔軟な方なのですね」
「私は至って普通ですよ。我が家の場合は、叔父がもう重症で……」
「ええ、ええ……」

身の上話の最中、玄関の扉がガツンと鳴った。
やけに乱暴だがノックだ。
上半分がガラス張りの衛兵室の戸が開き、エミールが廊下に出てきた。それを両扉全開の応接間から見たルネとエレーヌは、食事の手を止めて席を立った。

エミールがノブに触れる寸前、玄関扉は外から押し開かれた。
軍人兄妹が息を呑み、廊下に出たところのルネは瞬く。
戸口を塞ぐようにして立つ、剣のようなシルエットが目に飛び込んだ。
金髪碧眼の美青年が優美な笑みを浮かべている。

「これはこれは麗しの婚約者殿。来て早々にランチとは、よいご身分ですね」

自分こそが麗しい彼は、丁寧な言葉遣いをしていても毒々しかった。

二十四歳の若き辺境伯、アラン・アラゴー・ド・ヴァイヨン。
ドラゴン公爵の異名を持つ彼は世界トップクラスの戦闘力を誇る。並の近代兵器では対抗出来ないというその強さは、国内外で恐れられている。





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