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03 外食
しおりを挟む艶やかな金髪を首筋で揺らし、アランが軽く小首を傾げる。
彼の長髪を見て、ルネは軽く瞬いた。
肩まで伸ばした髪が黒いリボンで低く括られている。肩に引っ掛けられた黒地のロング丈ジャケットに、軽く胸元を開いた白シャツ。着崩した軍服姿はどことなく帆船時代の提督を想起させた。――海賊と称すには上品過ぎる。
古風なルックにも拘わらず何故か今っぽさが感じられるのは、単純にモデルが良いからだろう。
ルネは内心に呟いた。
――モデル・マジック。
人に魔法は無く、システム制御によって奇跡のパワー、魔力を活用している現代科学文明ながら稀なミラクルが生じる事もある。そういう時、人は「マジック!」と歓喜するのだ。
白シャツの隙間に、男性らしい鎖骨と胸筋のラインが覗く。
色気凄いな……と感心中のルネに、アランが言った。
「ランチはお気に召して頂けましたか?」
敢えて聞くあたりに彼の意図が透けていた。彼は、ルネのランチが囚人メニューである事を承知している。なら提供させたのは彼だろう。
意図は分かった。
――歓迎していないアピール。
その真意までは分からない。
一先ずルネは答えた。嘘は吐かずに、
「普通に頂きました」
アランの碧眼が細くなり、笑みが消えた。
「文句があるのでしたら、無理に口にされなくて結構ですよ」
「いえ、それは勿体ないので」
「残飯など家畜の餌にでもすればいいんです。――我が領には食欲旺盛なドラゴンもいますからね」
ルネは瞬いた。今のは予習内容と違う。
「ドラゴンは水を飲むだけで食事を取らないのでは?」
「生存に食物が必要ないのであって何でも食えますよ。私が命じれば、目障りな余所者を咬み殺す事も厭いません」
「閣下に忠実なんですね」
「便利ですよ。食わせてしまえば骨さえ残さず遺体を処理出来ますからね」
「凄い消化能力ですね」
不思議な生き物だ。
ルネが感心すると、アランから表情が消えた。
「お察しの通り我らは貴女を歓迎していません。王国王家が寄越した子爵家の娘など虫唾が走ります。この私を馬鹿にしている」
「それについては大変申し訳ないとしか。事情を説明致します」
「結構です。貴女の事情など微塵も興味はありません」
「そうですか」
「ここでは精々気を付ける事です。うっかりドラゴンに咬み殺されないようにね」
「はい。気を付けたいと思います」
アランはルネを睥睨し、くるりと踵を返した。
去る背にルネは慌てて言い足した。
「あの、外出したい時はどうすれば――?」
すると、肩越しに振り返ったアランが冷たく笑んだ。
「勝手にどうぞ」
彼の返答は、ルネを安堵させた。外出禁止ではないと言質が取れた。
王都も辺境伯領も出入り自由なら、
――仕事が出来る。
ただ、この先どんな試練が待っているのかと思うと不安だ。
午後三時前。どんな試練も未だ起こっていない。
青空の中にドラゴンは一体も飛んでいない。個体数は軍事機密となっている。
――配置も不明。総軍事力も不明。
ドラゴンは魔法の火を噴く。現在ではドラゴン・プラズマと呼ばれ、その破壊力は近代兵器に引けを取らない。
ドラゴン・マスターたるアランは、家臣であるドラゴン達から徴収する事で魔法が使える。血統の成せる業だと言われている。大公家の始祖以来、ドラゴン達は代々の当主に付き従ってきた。
――ドラゴン・プラズマはヤバい。
ヤバい軍勢に塔を襲撃されたらどうしよう、とルネは暫く身構えていた。
何も起こらないまま午後を迎えて拍子抜けしている。
「起こっておりますとも」とエレーヌが語気を強めた。
「城のキッチンに行きましたが、ルネ様のアフタヌーンティーが準備されておりませんでした」
「エレーヌ少尉達の分は?」
「ありませんでした」
由々しき事態だ。とばっちりほど悪い事はない。
こうなったら、とルネはトランクの荷物を漁った。
――自腹で外食する。
このままでは意固地を拗らせたエミールが飢え死にしかねない。
自腹には及ばなかった。
三時になるや、執事見習いとやらが塔を訪ねてきた。
不愛想な若者は、ずっしりと重いトランクを差し出した。
「とっととお収めください」
中身は札束の山で、アランから投げ寄越された食費だと言う。
「あああ良かった」と胸を撫で下ろしたのはトランクを引き受けたエレーヌだ。
「これでルネ様に我が領の郷土料理をご堪能頂けます。あの囚人メニューは我らの本気ではありません。街にはちゃんとした飲食店があります」
「それは楽しみです」
頷きながらもルネは腑に落ちなかった。
――この大金も歓迎していないアピールの一環、だよね?
でもアランの真意が読めない。
領都の隅の川沿いに、小さなカフェがあった。
アフタヌーンティーだからって必ずしも紅茶を飲む必要はない。
川辺を臨むテラス席に腰を落ち着けたルネは、円いコーヒーテーブル越しに軍人兄妹を見た。
「私、子供の頃に飲ませてもらえなかった反動でコーヒー派になりました」
「あ、自分もコーヒー派です」
「…………」
例によってリアクションはエレーヌのみで、エミールは着席からずっと顔を背けている。同伴してくれただけ良しとしておく。
オーダーから程なく、バリスタがトレイを手に席にやって来た。褐色の肌をした外国人男性だ。
「お待たせしました」
宝石のようなラズベリーのタルトが供され、ルネとエレーヌは目を輝かせた。
エミールは素早く自分がオーダーしたサンドイッチの皿を確保し、テーブルからやや体を離して無言で食べ始める。もの凄い勢いで消えていくサンドイッチが、彼の飢え具合を語っていた。
密かに嘆息したルネは、さり気なく切り出した。
「閣下のお陰で軍資金は潤沢ですし、追加オーダーを致しましょうか」
「お言葉に甘えて自分はパルフェ行きます」
「では私はピッツァを――と、ひと切れで充分なのにオーダーは一枚からとなっているようです。お二人とシェアさせてください」
「喜んでお手伝い致します。なんかパーティみたいで楽しいですね」
浮かれるエレーヌとは対照的にエミールは寡黙だったが、寄越した横目で「ふん。仕方ないな」と応じてくれた。
城を出た事で兄妹の本質が浮き彫りになったとルネは思う。
――どちらもかなり子供っぽさが残ってる。
年齢は、妹エレーヌがルネの二つ下の十八歳で、兄エミールは十九歳とのこと。
軍人と言ったって世間的には少年少女だ。辺境の士官学校を出たのが去年か一昨年だろうから、未熟さは否めない。
――正体不明より全然いい。
アランが、この若い兄妹をルネに付けた真意もまた分からない。
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