仕事が出来れば、場所はどこでも

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09 似非

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ルネは、白いドラゴンことモンブランを連れて塔に引き返す事にした。
辞する間際、アランが片手をあげて呼び止める素振りをしたので彼に向き戻る。
彼は開きかけた口を一度噤み、告げた。

「――、ドラゴンに咬み付かれないようくれぐれも注意してください」
「はい。口元に指を出さなければ大丈夫ですか? 尻尾を踏ん付けたりとか?」
「……そこまでやっても、咬み付きはしないでしょう」
「では、私は具体的にどう注意すれば良いのでしょうか?」
「……普通に接すればいいです」
「では、私なりに普通に接したいと思います」
「…………」

アランの顔が横を向いた。
話の終わりを察したルネは「失礼致します」と一礼して今度こそ執務室を辞した。
踵を返したルネにドラゴンも続き、スカートの裾に纏わり付くようにしてどこか意気揚々と歩き出す。
ルネもちょっと楽しくなってきた。城主の許しを得てドラゴンを伴っている。

――なんか私、ドラゴン・マスターっぽくない?

戦闘力ゼロにつき、気分だけ。
魔法を使いこなすにはドラゴンに懐かれるだけでは足りない。血統ありきの才能に加え、一流アスリート並みの身体能力やら闘争心やら頭脳やら何やらが要る。



似非ドラゴン・マスターとなったルネは当初の予定に戻った。

「マルシェでお買い物をしたいのですが、モンブラン様は……」

相変わらず「様」は取れていなくても、ドラゴンはもううるうるしなかった。自分だけの呼び名を貰えて満足したようだ。
ルネは軍人兄妹に相談した。

「モンブラン様を連れて街に行ったらどうなります?」

兄妹はそれぞれ答えた。

「大騒ぎです」
「フェスです」

それが良い事なのか悪い事なのか判断に困るけれど、混乱はよろしくない。
ルネはドラゴンに言い置いた。

「ごめんなさい、モンブラン様。お留守番をお願い致しますね」

結局ドラゴンをうるうるさせてしまった。心が痛む。
留守の間、気が紛れればとコーヒーを淹れてみた。テーブルに用意されたコーヒーカップを見るや、ドラゴンは目を輝かせて席に飛び付いた。現金で何よりだ。

塔の留守をドラゴンに任せて、人間三人は街に向かう。食材を買い込むと分かっているので馬車を出した。
マルシェに着くと、御者のエミールを残して女子二人で露店を回った。いつかの野菜農家で青果とハーブの束と花束を買い求め、向かいの肉屋ではソシソン(加熱せず食べるソーセージ)とマトンを少し買っておく。冷蔵庫がある今、恐いものなしだ。
会計寸前、外国産の生ハムを発見して思わず手に取った。

「こちらは世界三大ハムの一角です」
「こんな田舎にも大層なものが流通してるんですね」
「需要があるという証です。生ハムは軽く炙ると美味しいですよ」
「へーえ。――前から思ってましたが、ルネ様ってグルメ詳しいですよね」
「そうでもないんですけど職業柄、色んな知恵が付きまして」
「職業は、貴族のお嬢様ですよね?」
「そう言えばお話ししてませんでしたね……」

人様を取材して記事にしていた、と告げるとエレーヌはぽかんとした。

「ライターさんだったんですか?」
「ええ。一応まだ現役です」
「凄い」
「無名ですよ。売れっ子ライターさんは格が違います」

雑誌社はクビになっていない。元よりフリーだ。

「もしお仕事の依頼が入ったら、辺境伯領から通う事になりますね」

編集部に事情は説明してある。編集長からは「貴女の事を記事にしてよ」と言われたけれど、処罰された身でそれはマズ過ぎる。王家に睨まれる。
個人的には編集長に賛成だ。コラム「ドラゴン・ライフ」とか面白そう。

――もし書ける日が来るとすれば、辺境伯領を追い出された後かな。

何十年も経ってから回顧録として書く。それなら多分許される。

――あ、なんかまた囚人っぽい。

刑期を終えた囚人にありがちなパターンだった。
自嘲を堪えていると、エレーヌがしみじみと言った。

「思い返せばルネ様は話し上手で聞き上手ですよね。プロの方なら納得です」

「どうも」とルネははにかんで笑んだ。
確かに鍛えられたと思う。叔父並みに面倒臭い取材相手は、編集長から「この手合いは慣れてるでしょ、頼むわね」とよく押し付けられたものだ。

ブランジュリと川沿いのカフェに寄った後、馬車は城に戻った。



小ドラゴンの塔に帰ると、白いドラゴンが未だコーヒーの前に座っていた。
なんとも健気だ。カップ内の水位は下がっているので飲んでいる。
ルネはカップに指先で触れた。

「すっかり冷めてますね。すぐに淹れ直しますね、モンブラン様」

するとドラゴンはテーブルに載せた前足ですっと、冷めたコーヒーカップをルネの方に押し出した。「くださいな」と言っている。
エレーヌがふと告げた。

「思ったんですけど、神使様って味覚がないのでは? 食べなくて良いなら必要ないですよね」
「言われてみれば。嗅覚で楽しんでいるように見えます」
「コーヒーって冷めると香りも弱まりますよね」
「ええ。これはいけませんね」

ルネは冷めたカップを下げてミニキッチンに急いだ。ランチの準備と並行してコーヒーポッドにお湯を沸かす。
ハンドドリップをエレーヌに任せて暫く、香りに誘われドラゴンがミニキッチンの戸口に顔を覗かせた。
「まだかな?」という風に小首を傾げている。
「は。ただいま!」とエレーヌが威勢よく発し、ルネは苦笑してしまった。
彼女の場合は、信仰より上官への畏敬が近いと思う。





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