仕事が出来れば、場所はどこでも

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消灯時刻。エミールは小ドラゴンの塔を辞する。
妹のエレーヌは一階の仮眠室に泊まり込みとなる。
初日こそ「都会人とやっていける自信がない……」とぼやいていた癖して、さくっとルネと打ち解け、今や快適に暮らしている。
それもこれも塔の住人であるルネが美味い食事を提供するばかりか、シャワーや化粧室に至るまでエレーヌと共有してくれているからだ。寛大にも程がある。
人生初の生ハムを食した所為か、やけに肌艶の良いエレーヌが、玄関で兄と敬礼を交わした。

「それでは兄上。また明日」
「ああ。お前、金曜だからって夜更かしするなよ」
「しませんよ。睡眠不足はお肌に悪いってルネ様が言ってましたし」
「何を色気付いている、ゴリラブス」
「表出ろよ、非モテ野郎」

兄妹で睨み合っていると、ルネがドラゴンを伴って一階に下りてきた。風呂上がりのようでネグリジェ姿をしている。
エミールはさっと視線を逸らした。城主の婚約者である彼女に対し、うっかり「愛らしいな」と思ってしまった。
第一印象は「ヤワそうな小娘」だったのに、最近は「高山に咲く花のような人」だと感じている。楚々としていながらも芯が通っており、それでいて人の心を和らげてくれる。

――いや私の感想などどうでもいいんだ。

肝心なのはアランの心だ。思わぬドラゴンの登場があった事だし、少しはルネに関心を持ってくれていると信じたい。

――まだ歓迎しない気持ちに変わりないのだろうか。

エレーヌではないがエミールも、公爵夫人にはルネがふさわしいと考えている。表向きの罪人でも余所者でも関係ない。今更他の娘なんて考えられない。
そのルネは玄関先で向かい合う兄妹を見比べ、ケンカの気配を察して苦笑した。

「仲が良いですね」

兄妹は「いいえ全く」と声を揃えた。
ルネは「ふっふ」と笑い、「私も兄妹が欲しかったなあ」と羨む声で言った。
兄妹なんて、とエミールは、そして多分エレーヌも思っていた。

――鬱陶しい。

特に歳が近いと最悪だ。

ルネには敬礼で、エレーヌには蹴る仕草で別れを告げたエミールは、ドラゴン城を挟んで塔とはほぼ真逆に位置する未婚士官向けの宿舎に向かった。
正門の衛兵と互いに敬礼し玄関を抜ける。丁度、出掛ける集団とすれ違った。
うち一人が同期で、エミールに笑いかけた。

「おう、エミール。お疲れ」
「ああ」

これから非番の者で街に繰り出すと言う。
「お前も来いよ」と誘われたが、エミールは断った。

「明日もあるからな」

「ああ」と集団はエミールに同情の眼差しを送った。
同期は言った。

「例の婚約者の目付け役は朝早いよな。兄妹揃って大変だな」
「……別に」
「なんか神使様がくっ付いてるそうだな? 餌付けか?」
「……してない、と思うし関係ない」
「なんだお前。現場を見たんじゃないのか?」
「……見ていなくても関係ない」
「意味分からんな。――待てよ。餌付けはないか。神使様って何も食わないし」

連中は勝手な話で盛り上がる。顔ぶれを眺め、エミールは想念した。
ここで声を上げる事に意味があるとは思えない。所詮エミールは下っ端士官に過ぎず、この連中にしてもそうだ。何の発信力も影響力も無い。それでも誰かやどこかに偶然届く事があるかもしれない。

「――違うんだ」
「うん? なんだって?」
「ルネ様は罪人じゃない」

きょとん顔がエミールに集まる。
エミールは告げた。

「何の罪もないんだ。身内の身代わりだ。彼女は被害者で、優しい人だからここで大人しく暮らしている。それだけだ」

きょとん顔が互いを見て、エミールに戻った。
同期が首の裏を掻いた。

「まあ俺らはな、お前ら兄妹を知ってるからお前の話を無条件で信じるよ? お前らホント嘘吐けないもんな。でも上の連中の目とかもあるからさ、今の話は仲間以外の前ではしない方が良いぜ」

うん、と一人が加わった。

「参謀長の夫人とか、マジ厳しいよな」
「超保守派だもんな。余所者ってだけでNGだよ、あの人は」
「恐い恐い」

エミールは、参謀長とその夫人の顔を想起した。
ドラゴン大公の時代から城に仕えてきた参謀長の家は名門で、権力絶大だ。夫人も名家の出で、夫婦共に重鎮としてドラゴン城の中枢を仕切っている。

その夫人、ステファーヌは、アランの実母にして前公爵夫人たるアマンディーヌの幼馴染でもある。数年前に夫を失った親友に寄り添い、支えている。
アランの婚約話に「無礼千万!」と激高したのも、実母アマンディーヌではなくステファーヌだったと言う。
城内では密かに「夫人は若き公爵の母親なのだ」と囁かれている。その囁き声は良い意味にも悪い意味にも取れる。
中枢に疎いエミールには判断が付かない。確かなのは一つ。

――ステファーヌ夫人は、ルネ様を歓迎していない。

彼女の言う「無礼千万!」の権化だから当然だろう。
未だアマンディーヌは体調不良と言い張っていて、ルネのメッセージカードに梨の礫を返し続けている。
アマンディーヌは優しい女性だと古参の使用人らは口を揃える。いくら歓迎していないからと言って見舞いの言葉を跳ね付けるような人ではない筈だ。そんな大人気ない女性が前公爵に選ばれたとは信じ難い。
ステファーヌがそうさせている。キツイ彼女ならやる。

――エレーヌが届けているアマンディーヌ様宛のカードは、メイドからステファーヌ夫人の手に渡っているのではないのか。

アマンディーヌに届く前に破棄されている。
なんとなくよりも確かに、エミールは予感した。





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