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14 サロン
しおりを挟む三十分前――。
ルネの使いとして四階に現れたエミールを、アマンディーヌの筆頭メイドが冷たく出迎えた。
「兄妹揃って何ですか。全く、傍迷惑な」
「ルネ様がアマンディーヌ様へのお見舞いを希望されています。面会可能なお時間をご確認ください」
「面会可能なお時間などありませんよ」
「それほどまでに具合が悪いと?」
「そう言いましたよ、妹さんにも。しつこいんですよ、貴方達は」
そうですか、と引き下がって見せたエミールは、にやりと笑んだ。
「ではそのように公爵閣下にもご報告申し上げます」
「は?」
「先ほどルネ様が確認されましたら、閣下はアマンディーヌ様のご不調を把握されていなかったそうですから」
「そ、それは閣下にご心配をかけまいとアマンディーヌ様が口止めされたからで」
「しかし仮にも閣下の婚約者様であらせられるルネ様と、短時間すらも面会出来ないほどの重篤とあっては報告しない訳にはいきません。何故報告しなかったのかと自分が叱られてしまいます」
キツイ顔立ちのメイドは口をパクパクさせている。こうして見ると愛嬌がある。
さあどうする。こっちはどっちでもいいんだ、と内心に突き付けたエミールは、メイドの背後に大物の登場を認めた。
「何です騒がしい。こことどこだと思って?」
ステファーヌを振り返ったメイドが「小母様」と縋るような声を出した。
メイドをひと睨みで黙らせ、ステファーヌはエミールと対峙した。
「お前、まずは名乗りなさい」
「は。エミール・グリュヌ陸軍少尉であります。この度は――」
「聞こえていましたよ、煩い声が。アマンディーヌ様と面会させろですって? 余所者の小娘が図々しい事を言ってるんじゃないですよ。大方、神使様に懐かれたからと調子に乗っているのでしょう。身の程知らずな」
普段であればエミールはここで引き下がる。ステファーヌの圧力は半端じゃない。
しかし今日は引けないし、引く必要もない。
「閣下より許可は頂戴しております」
「は? アラン様が余所者の立ち入りを認めたと言ってますの貴方」
「仰る通りです」
ステファーヌはエミールを睨み付ける。
エミールは視線を真っ直ぐに保ち、踵を合わせた直立不動を維持した。
「お疑いでしたら閣下に直接ご確認されても――」
「その必要ありません。アラン様がお認めならいいでしょう。連れて来ればよろしいわ、余所者の小娘をね」
「は。ではお時間は」
ステファーヌは鋭く言い放った。
「今すぐ。とっとと行きなさい、下っ端」
エミールは機敏に敬礼し、早足で下る階段に向かった。
これまでのエミールならば震撼し、委縮してしまっただろう。
――もう違う。私は間違っていない。間違っているのは夫人の方だ。
急ぎ足で戻って来たエミールに続き、ルネとエレーヌも急ぎ足で城に向かった。
モンブランは四つの足でてってけ歩いている。一々和ませてくれるから有難い。
回廊から城内に入り、エレベーターを目指す。
「一基しかないのに良いんですか?」とルネが心配した傍から、エミールが遠慮のない手で素早くボタンをホールドした。
不敵な笑みがルネを振り返る。
「神使様が付いていますので恐いもの無しです」
ドラゴンがアトラクションに乗りたがっている、と言えば事足りる。
エミールは少し変わった、とルネは思った。杓子定規が柔軟になってきた。その点エレーヌは変化なし。
三人と一体を載せた函が一気に上昇した。
四階。アマンディーヌの居住フロアに到着した一行は、ルネを先頭にしてエレベーターから降りる。
メイド服の整列が左右を固めて待ち構えていた。道の真ん中に、黒いドレスを纏った長身女性が立ちはだかっている。
ひと昔前のマナー講師みたく険しい面持ちが、低く発した。
「ようこそ」
名乗ってもらうまでもなく相手の正体を察してルネは一礼した。
「お時間を作って頂き有難うございます、ステファーヌ夫人」
ステファーヌの双眸が微かに細くなり、ルネの足元に向かった。
目を合わせたドラゴンは「なに?」という顔で瞬く。
ステファーヌはドラゴンに言及も関心もなく踵を返した。
「アマンディーヌ様のサロンはこちらですわ」
廊下のランプや壁紙、絨毯や花瓶は花のモチーフで溢れている。
両開きの扉を抜けた先もそれは変わらなかった。
ステファーヌの先導に続いてサロンに踏み入ったルネは、見事に惚けた。
室内に花木の鉢が幾つも置かれ、春の花が咲き誇っていた。中庭に続くバルコニー窓は全開で、外と内の境界を曖昧にしている。庭のような部屋だ。
サロンの主、アマンディーヌは花の中にいた。ゆったりとソファーに腰掛け、人形のような面相で楚々と唇を開く。
「貴女がルネね。初めまして」
ルネはさっと膝を落としてお辞儀をする。
つい早口になった。
「初めましてアマンディーヌ様。あの、横になっていらっしゃらなくても大丈夫でしょうか」
「大丈夫。わたくし、それほど弱ったおばあちゃまじゃなくてよ」
ルネは瞬いた。急に、弱ったおばあちゃまが出てきた。
想念の最中、ステファーヌの厳しい声が飛んだ。
「無茶を強いた貴女が今更心配されますの?」
「申し訳、ありません」
内心ルネは焦っていた。
アマンディーヌは「仮病」の筈だ。
――なのに顔色が冴えない。
メイクで隠せていない。
正確には、隠せるメイクが施せていない。だから気付けた。
髪や爪にも体調不良の兆候が出ている。
――早めに切り上げないと。
ルネの心配をよそに、当のアマンディーヌはきょとんとステファーヌを仰いだ。
「ステファーヌ、わたくし無茶なんて」
「慈悲深いアマンディーヌ様はどんな無礼でもお許しくださります。ですが過ぎた無礼はこのわたくしが許しませんからね」
言葉を被せ、ステファーヌはルネを叱咤した。
アマンディーヌはまるでついて行けておらず「あ、有難う? ステファーヌ」と躊躇いがちに言う。
ルネは悟った。
――夫人は、親友より母親気取り。
それもステージマザー風味だ。
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