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15 不躾
しおりを挟むバルコニーには紅茶が用意されている。
席に向かうアマンディーヌの背に、ルネが慌てて言い縋った。
「どうかお気遣いなく。長居するつもりはございません」
さっきから事を急ごうとして見える彼女に、アマンディーヌは困惑した。
委縮とは違う。遠慮し、心配している。
そんなに「弱ったおばあちゃま」に見えているのだろうか。「――老婆に見えているんですよ、都会の小娘には」とこっそり教えてくれたのはステファーヌだ。
――失礼しちゃうわ。
アマンディーヌは少しムキになった。
「お茶くらい平気よ。今朝も中庭を十分ほどお散歩したのよ」
「さ、左様で。順調にご回復されていらっしゃるのでしたら何よりです」
軽く吐いた息ごと、ルネは引かれた椅子に腰を下ろした。
テーブル越しに向かい合う席に着き、アマンディーヌは困惑を深めた。
ルネの到着初日、仮病を使って面会を拒んだ。
ステファーヌのアドヴァイスに従った。彼女はいつも正しい判断をしてくれる。
「王都から来た小娘ごとき、アマンディーヌ様がお出迎えする事はありません。アマンディーヌ様との対面が叶えば調子付くのは明白です」
「そんな子なの?」
「罰せられて我が領に送られて来る罪人です。王都を追放された身なんです。確実にロクでもありません。押し付けられたわたくし共はいい迷惑ですよ」
「罪人なんて恐ろしいわ。若い娘が、一体何をしたのかしら」
「窃盗か詐欺か、王家が嫌う類のものでしょう。死罪でないことから、殺人ではなさそうですけど」
「なんて恐ろしい」
「人間が多過ぎるんですよ、王都は」
王都は野蛮で恐ろしい。王都から来る人間も恐ろしい。
ほとんど辺境伯領を出ないアマンディーヌにとって、王都は同じ国旗を掲げているだけの外国に等しかった。
紅茶のカップを手に取り、香りを堪能してから口に含む。
すっきりと軽い風味。海峡越しの隣国、紅茶大帝国産のものは重くてイマイチ口に合わなかった。彼らに言わせれば、このフレーバーティーは邪道らしい。
ほっと息を吐き、アマンディーヌはルネを窺った。
上品にカップを傾けている。罪人でもそこは貴族の娘だ。
――華やかさはないけれど色白で可愛らしいお顔ね。
初対面でも警戒されない、道に迷った時とかに訊ね易い雰囲気がある。面倒に巻き込まれる反面、得も多かろう。
――こんな無害そうな子が罪人。
世も末だと思う。
静かにカップを置き、ルネがアマンディーヌを見た。
やや潜めた声で切り出す。
「アマンディーヌ様、不躾ながらよろしいでしょうか」
「なあに」
「お熱は、ございませんか」
「え? いいえ、ないけど」
ちょっと、と背後に控えていたステファーヌが踏み出した。
「失礼は許しませんよ、貴女」
ルネはステファーヌを一瞥した後、自分の後方に目線を走らせた。
「エミール少尉、少し外してください」
「は」
男子が消え、女子だけが残る。
因みに、白いドラゴンはルネの足の甲に顎を載せて犬みたく丸まって寝ている。
彼ら神使は人間社会のルールに縛られない。罪人と聖人の区別もしないらしい。
ルネの何を気に入ってくっ付いているのか、それは誰にも分からない。
――アランなら分かるのかしらね。
尤も、アランはアランで気安く訊けはしない。実母たるアマンディーヌも、気難しい息子とは距離を置いて久しい。
距離がある方が互いに楽でいい。母子だからとべたべたしない。各々の世界を大事にしている。夫が亡くなり一層そうなった。
――最後に話したのはいつだったか。年末年始の挨拶?
うろ覚えだ。
アランにしろドラゴンにしろ、絡み方が分からない。
アマンディーヌも使用人達も白いドラゴンを意識して無視している。下手に手を出して咬み付かれたら恐い。
構わず遮らなければ彼ら神使は――兵器は、人間に何もしない。
みんな親や教師から「尾を踏まないように」と言われて育った。
意識的にドラゴンを目に入れないアマンディーヌに、ルネが徐に告げた。
「アマンディーヌ様、お肌に炎症が見られるようですが」
アマンディーヌは飛び上がるほど驚いた。
「え、どこ。全部隠したのに」
「カップを上げられた際に、袖の下が見え……」
「ちょっと!」とステファーヌが語気を強めた。
「なになに?」という風にドラゴンの細長い首が持ち上がる。
ハッとなったステファーヌが、抑えた声で言った。
「貴女、本当に失礼ですわよ」
ルネはアマンディーヌだけを見据えていた。他は眼中に無いという風に。
「アマンディーヌ様、お体のあちこちに炎症があるのですか」
「え、ええ。腕や足の内側に少し。でも大した事ないの。この時期って乾燥するものでしょう。クリームをちゃんと塗っているから」
「塗っていらっしゃるのは美容クリームですか?」
「そうよ。お顔に使う高級品をお風呂上りにね」
「この時期の乾燥は、毎年恒例ですか?」
「え……いいえ、今年だけ酷くて」
とうとう「なんて不躾な」とステファーヌが憤慨し、アマンディーヌに言った。
「アマンディーヌ様、こんな娘に付き合う事はありません。お疲れでしょう。お部屋にお戻りください」
「え、でもまだお茶が」
「お部屋で召し上がればよろしいのですわ」
「そ、」
「そうね」と答える前に、ルネが割り込んだ。
「アマンディーヌ様、私は医者ではありませんので診断も何も出来ません。が」
目を戻したアマンディーヌに彼女は言い切った。
「ご紹介なら出来ます、世界一の皮膚科医を」
アマンディーヌを含め、この場の誰もが惚けた。
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