仕事が出来れば、場所はどこでも

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惚けたのも数秒だけで、ステファーヌは怒りで顔を赤くした。

「な、なんなの貴女。どこまでアマンディーヌ様を侮辱すれば――」

ルネは敢えて、彼女の怒りに構わなかった。
アマンディーヌだけを見る。

「アマンディーヌ様は、ご自身が仰る通りお風邪を召しているのではないご様子。にも拘わらず皮膚トラブルを抱えていらっしゃる。こうして間近にさせて頂き、最も手入れが行き届いている筈のお顔や御髪、ネイル周りの荒れが見て取れます。ヘアメイクで隠せないレベルに達しつつありますから、かなり痒みを伴っているのではないでしょうか」

ルネの早口に、アマンディーヌは金魚みたく口をパクパクとさせている。
図星を見て、ルネは続けた。

「去年以前と今年とで何か違っている事はございませんか」
「え、ない、と、思う、けど」

片言で答えるアマンディーヌは完全に混乱している。
あの、と恐る恐る片手をあげたのは、壁際に居並ぶメイドの一人だった。

「勘違いかも、しれないのですが」

言いかけたメイドは「お前!」とステファーヌの声が飛び、竦み上がった。
ステファーヌはメイドを叱るより、怒鳴る。

「アマンディーヌ様の御前で、勝手に口を開くんじゃありません!」
「もも、申し訳」

涙目になっているメイドを見て、アマンディーヌが慌てた。

「ス、ステファーヌ、少しくらい良いわ」
「いけません! 城の規律が乱れます」
「そ、それは、そうだけど」

埒が明かない。ルネは「失礼します」と断りを入れて席を立った。
一同がぎょっとする中、メイドの列へ真っ直ぐ向かう。
声を上げた一人を前にして促した。

「ここで無理なら室内でお話しください」

またも「ちょっと貴女!」と荒げた声と共に踏み出したステファーヌだったが、ルネの足元にとととっと白いドラゴンが続いたのを見て動きを止めた。
「怒ってる? この自分に対して?」という顔で振り返ったドラゴンと目線を合わせ、ぐうっと喉の奥に怒声を押し込む。
ルネを睨み、低く唸った。

「アマンディーヌ様のお茶の途中で席を立つなどと、礼儀もマナーも何もないのではなくて」

ルネは首でステファーヌを振り返った。
これが取材や交渉の場であったなら礼儀を重んじて相手の流儀に合わせ、たっぷりと時間をかけて理解と信頼を得る。
今は違う。たっぷりと時間をかけて良い事はない。

「明らかに健康被害が出ているのに、悠長にお話しなんてしません」
「は、――何を言って」
「皮膚トラブルは時間が経つほど悪化します。仮に治っても、綺麗に治りません」

この脅し文句はステファーヌではなくアマンディーヌに効いた。

「うそ。いやよ。どうすればいいの」
「お医者様には当然、診せていませんよね? 患部に美容クリームを塗っていらっしゃるくらいですから、きっとどなたかの素人判断ですよね」

アマンディーヌとメイド達の目がステファーヌに集まる。
ステファーヌが口を開く前に、ルネはさっとメイドに顔を戻した。

「今年と去年の違いというのはなんでしょう?」
「はい、あの、まず私は去年から雇われている身なので一昨年以前の事は存じません。だから間違っていると思うのですが」
「大丈夫です。私は去年の情報すら持ってません」

軽く言ったルネに、メイドの顔が幾分やわらいだ。

「お部屋に、外国産の花木の鉢が置かれるようになりました」

専門家ではないルネは、それでも「それでしょう」と思った。
これには鉢を手配した張本人が黙っていなかった。ステファーヌだ。

「貴女まさか、わたくしの責任だと仰ってますの!」

怒り心頭のステファーヌは、もうドラゴンの動向など目に入っていなかった。
「ち、違うわ」とアマンディーヌが席を立ち、修羅場に加わった。

「ステファーヌは悪くないわ。だってあの鉢が欲しいと言い出したのは他ならぬわたくしですもの」
「そうです! わたくしはアマンディーヌ様の御要望にお応えしただけです」
「ええ、ええ」

ルネは怒鳴りと宥めの間に入った。

「誰が鉢を入れたかは今は問題ではありません。それよりすぐにでも専門医に診てもらいましょう」

ステファーヌはギッとルネを睨み据えた。噴火前の火山のよう、いやとっくに噴火している。

「勝手な事を言うんじゃありませんわよ。貴女、余所者を城に入れるおつもり?」
「かかりつけのお医者様がいらっしゃると思いますので、まずはそちらをお呼びするのがよろしいかと。それで改善されなければ専門医を――」
「誰が王都の医者なんか呼ぶものですか」
「かかりつけ医が解決出来なかった場合の話です。セカンドオピニオンが必要になる筈ですから」

ルネは一歩も引かない姿勢を取った。
対応が遅過ぎる事に内心苛立っていた。彼女達は今日までアマンディーヌを医師に診せていない。毎日朝から晩までアマンディーヌに付き添っているのだから、真っ先に異常に気付けた。
メイド達は許可が下りなければ何も出来ない。意見も言えない。言えたとしても一蹴されて終いになる。下手すればクビになる。
ステファーヌに対して物言えない環境が出来上がっている。

――それが問題。

アマンディーヌすらステファーヌに逆らえない。一番の異常はそこだ。
ルネはアマンディーヌに告げた。

「申し上げた通り、皮膚トラブルは時間が経つほど悪化します。何故言い切れるのかというと、私自身が経験者だからです」
「え。貴女も?」
「はい。私の場合は、ある工場を見学した際にダメな物質と接触した事が原因でしたから、恐らくアマンディーヌ様とは事情が異なります」
「それ、良くなった?」
「はい。綺麗に治してもらえました」

ルネの即答を受け、アマンディーヌが縋るような目をした。

「世界一の皮膚科医、という人ね?」
「はい」

患者になる前から、ルネは医師と面識があった。
仕事で得た縁が僥倖を齎したのだ。





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