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17 今?
しおりを挟むドラゴン城、六階の執務室にノックが鳴った。
デスク上の書類に目を落としたまま「どうぞ」と告げたアランは、入って来た軍靴の音で相手を察する。
側近で遠縁の若い軍人が告げた。
「アマンディーヌ様が侍医を呼ばれたとの事です」
大公時代からの伝統で、城内の医師を未だ侍医と呼ぶ。
アランはぱっと顔を上げた。
「今?」
体調不良とやらは数日前からと聞いている。報告は今が初めて。ならば今日まで医者に診せていなかったという事になる。
それとも信頼出来る町医者でも呼び付けたのか。いずれにせよ報告の義務はない。
報告していないだけで診せていたのならばいい。
――そうでないなら。
対応が遅過ぎる。大した事がないと甘く見たか。
「季節の変わり目ですからね……」
半ば独り言たアランに、側近が更に言った。
「本日侍医を呼ぶよう助言されたのはルネ様だそうです」
「は? ――ああ、見舞うと言っていたような」
早速母に会ったのか。会った上で「これはマズい」と判断したのか。
――素人が。小さな事で大袈裟に騒いでいるのではないでしょうね。
「余計な事を……」
ん、と側近が首を傾げた。
「余計な事、と仰いますと?」
「しゃしゃり出る姿勢はレディとして頂けません。大体彼女はまだ公爵家の人間ではないでしょう。変なアピールではない事を願いますよ」
「アピール? 閣下への? 仮にアピールだとして何か問題が?」
「……迷惑です」
「曲がりなりにも彼女は閣下の婚約者様です。お役に立ちたいと動かれたのなら健気ではないですか」
「……頼んでません。お前は誰の味方なんです」
「余計な事と閣下は仰いますが、素人目にも病の兆候が見て取れたという事かもしれませんよ。むしろお手柄なのでは? アマンディーヌ様は医者嫌いですから、多少強引に勧めなければ診察に応じてくれんでしょう」
アランは側近を睨み据え、繰り返した。
「お前は誰の味方なんです」
側近は素早く踵を打ち鳴らした。
「ドラゴン公の為、命を賭して戦います」
「答えになってませんね」
アマンディーヌの寝室にやって来たのは、老いた侍医だった。
皮膚炎を見て、彼は唸った。
「何かのアレルギー、かもしれんですな」
立ち会い中のルネは内心「ですな」と復唱した。
何であれ現状分からない。
侍医は「とりあえず」と言って患者に軟膏を処方した。
「肌を清潔にした上で塗ってください」
これまでアマンディーヌが頼っていた美容クリームは医薬品じゃない。高品質な高級品なので完全に無意味だった訳ではないだろう。けれどプロフェッショナルが齎す薬が最短で最良なのだ。早く、綺麗に治せる。
診察の終わりに、侍医はルネにこう依頼した。
「専門家のお知り合いがいらっしゃるそうで。念の為ご連絡をお願い致します」
ルネは、侍医という大層な肩書きの所為で彼を誤解していた。矜持の高い頑固者かと思いきや柔軟で慎重で「鉢が原因だ」と安直に断言しなかった。自分の専門でないフィールドで過信しない。つまり良い医者だ。
侍医に了承したルネは、王都の皮膚科医宛にテレグラフを打つ事にした。
侍医を見送った後、アマンディーヌはルネの手を引いた。
「ね、軟膏で良くなると思う?」
「そう願います」
不安そうなアマンディーヌを見て、ルネは苦笑を堪えた。
診察前「付き添っても良いですか」と頼んだら「ぜひいて」と逆に頼まれた。
心細い気持ちはよく分かる。十代の頃、叔父に育てられたルネには同性の家族がいなかったから、一人で診察室に入った。
廊下で待っていた叔父は、申し訳なさそうにしていた。
「父親代わりは出来ても母親にはなれん……」
待っていてくれただけで嬉しかったルネは、叔父の腕を肘で打って感謝を伝えておいた。多分伝わった。
診察室となった寝室には二人の他、社会人二年目のメイドだけがいた。
残りはステファーヌの命令で徹底的に中庭の掃き掃除をしている。
因みに、ステファーヌの遠縁という筆頭メイドは初見時からずっと大人しく、ルネは聊か拍子抜けした。エレーヌとエミールも怪訝にしていた。
「私への対応を夫人に叱責されたか……」
自分を邪険にした相手をエミールは気遣った。一方、妹エレーヌは「怒られて落ち込むような女じゃない」と辛口のコメントだった。
女子達のボスたるステファーヌは、アマンディーヌの診察に立ち会わなかった。ルネがいたからだろう。ずっと姿が見えない。
不意に、床に伏せていた白いドラゴンがくあっと大欠伸をした。診察中は、軍人兄妹と共に別室待機してもらっていた。
びくりと肩を揺らしたアマンディーヌはルネの背後にささと回る。盾にした肩越しにドラゴンを窺った。
「大きなお口。なんでも食べられそう」
「そう聞いてます」
「よく平気ね。恐くないの」
「恐さは全く。信仰が無いからかもしれません」
好奇心しかない。今朝も塔を訪ねて来たカラフルなドラゴン達を見てはしゃいだ。
ルネは首を回して背後のアマンディーヌを見た。
「お肌の調子が戻りましたら、ぜひコーヒーブレイクにお越しください。最高の豆とツールで最高の一杯をご馳走させて頂きます」
アマンディーヌは碧い瞳を少女のように輝かせた。
「嬉しいわ。実はわたくしコーヒーに飢えてるみたいなの」
「ひょっとして子供の頃に飲ませてもらえなかったのでは?」
「そう。貴女も?」
「はい。どうやら、子供の育て方に地域で大差はないようですね」
「ホントねえ……」
アマンディーヌの顔には感心と関心が滲んでいた。
辺境伯領は王都に良いイメージを持っていない。共通項で少しは溝が埋まれば良い、とルネは想念した。
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