23 / 60
23 変化
しおりを挟む炭素の同素体の塊を両の手で受け取ったルネは、瞳を輝かせた。
「これが辺境伯領原産のレア鉱石――ドラゴン・ダイヤモンドですか」
感激ぶりを目の当たりにし、アランは心持ち胸を張った。
「そうです」
やはり自分のチョイスは正しかった、と満足する。
ルネは未加工の鉱石をまじまじと見て、アランを仰いだ。
「本当によろしいのですか? こんな貴重な物を頂戴してしまって」
「構いません」
「光栄です。では有難く王都の鉱物学研究室の方に送らせて頂きますね」
「構いま、――送る?」
「先生方もお喜びになる事でしょう。辺境伯領外にはほぼ出回っていない希少な鉱石ですから、学術研究の役に立つこと間違いなしです」
「――、――」
アランの脳内に言葉が湧いた。
「貴女の手元に置かないんですか?」
「まさか研究室に寄贈するのではないですよね?」
「いずれは手元に戻しますよね?」
何度か口を開け閉めした後、アランはこう告げた。
「――、お好きに」
貰った物をどう扱うかは受け取った者の自由だ。
しかしアランの胸中に、先日と同じつまらなさが過った。彼女から「窓辺に飾ります」とか「一生大事にします」とか言われると思っていた。
思っていたのと違う。肩が落ちた。
午後三時。
アマンディーヌは、小ドラゴンの塔を訪ねた。
パーラー(応接間)でコーヒーブレイクを満喫する。今日の一杯も素晴らしい。
付き添いは二年目のメイドだけで、ステファーヌは城に残った。
動き回るドラゴンに未だ慣れないのだろう。
――ルネの事は、どうかしらね。
最近、鈍いアマンディーヌにも分かって来た。ステファーヌには極端なところがある、と思う。過剰に外部をシャットアウトする。
娘時代から全幅の信頼を寄せている親友だが、ルネに関する態度は間違いだった。
ルネの為人を知った今なら分かる。
ルネはステファーヌが言うような失礼な娘ではなかった。王都出身だの罪人だのの前情報の所為で偏見を持ち過ぎていた。
というか、罪人ではないという噂が軍部を中心に広がっている。出所はアベルと思われる。アランの数少ない理解者の一人で気が利く。波風を立てないよう静かに、じわじわと真相を浸透させている感じだ。
ルネへの偏見は仕方がなかった。辺境で暮らす大半の住民が外の世界をよく知らない。特に城の者は、余所者と言うだけでルネに良くない印象を抱いた。
ステファーヌがルネの事を殊更悪く告げていたのも偏見からで、悪意とは違う。
二年目のメイドから「……最初に頂いたお見舞いカードの破棄を夫人に命じられたのは私です」と耳打ちされたけれど、害を成す人物をアマンディーヌに近付けまいと計らったのだ。
過保護から、過剰反応をした。
城内の空気は変わりつつある。アランの変化が最も著しい。息子が誰かに直接何かを贈るなんて初めての事だ。
――ちゃんと自分で気付いてるかしら。
想念したアマンディーヌは、テーブルで向かい合うルネに苦笑した。
「石ころなんかあげて、おバカさんよね」
不意の一言に、ルネが瞬いた。彼女は彼女で贈り物を研究材料として他所に提供してしまった。
アランが悪い。きちんとリボンをかけた箱に入れ、ジュエリーとして贈っていればそんな事にはならなかった。
「おバカさん」と再び口にしながら、アマンディーヌはコーヒーカップを唇に当てて風味と香りを楽しんだ。
カップをソーサーに戻し、ところで、とルネを見やる。
「貴女のヘアスタイルっていつも凝ってて可愛いわよね。毎朝自分でヘアメイクしてるんでしょ。器用ね」
ルネは大抵後頭部でくるくる捩じった短いポニーテールをしている。癖毛を上手く活用していて動きがあり、アイテム使いが無くても洒落ている。ゴムが見えないのが良い。
「実は簡単なんですよ」とルネは軽くテール部分を揺らして笑った。
「アイテムを少し足すだけでバリエーションが幾つも作れます」
ルネの金髪は肩より少し長い程度。なのにアレンジが多い。
アマンディーヌなんて腰まであるストレートヘアをハーフアップにしてばかりで、アップにするのはイベント時だけだ。
ルネが何やら考え込む顔をしている。瞬いたアマンディーヌに彼女は切り出した。
「既に三時を回ってますけれど、今から閣下にお目通り可能か否かお分かりになりますか? それとも明日にすべきでしょうか?」
アマンディーヌはテーブルに身を乗り出した。
逆にルネに願い出る。
「どうか会ってあげて頂戴」
答えになっているようでいてなっていないアマンディーヌの言葉に、ルネは「え? あ、はい?」と目を白黒させる。
顔を合わせて言葉を交わさない事には男女関係は進展しない。
ルネのお陰で、アマンディーヌはちょっと母性に目覚めたかもしれない。
アランより自分の為だけれど。
――アランはおバカさんだから、わたくしが加勢しないと。
ルネにはぜひアランを気に入って欲しい。距離を縮めて欲しい。
ただし、ルネの「塔暮らし」はアランの失敗なので自力でなんとかさせる。
ルネが面会を申し出た五分後。
執務室の扉がノックされ、アランはバルコニー窓から振り返った。
「どうぞ」
扉が開き「失礼します」の声と共にルネが入って来た。先の丸い靴を履いた足元には相変わらずドラゴンが纏わり付いている。
ルネを部屋に通したアベルが壁際に下がり、姿勢を正す。しかししゃちほこばった顔の下がどうも笑っているようで、アランは気に入らない。
退室を命じるか否かが頭を過ったものの、ルネが口を開く方が早かった。
「お忙しい中お時間を裂いて頂き有難うございます、閣下」
「いえ」
アランは、不意に思い出した。
以前ルネに「私は忙しいんです。貴女は暇でしょう」と言った事があった。
それを前提とした「お忙しい中」発言かと思うと、バツが悪い。
「幸い、今はそれほど忙しくありません」
アランが付け足した途端、アベルの口元が緩んだ。
やはり退室を命じるべきだった、とアランは忌々しく思った。
504
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。
バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。
全123話
※小説家になろう様にも掲載しています。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる