仕事が出来れば、場所はどこでも

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「それで用件は」と切り出したアランに、ルネが言った。

「要望と言いますか提案と言いますか、辺境伯領内で王都の出版物を取り扱って頂けないでしょうか」

アランも、壁際のアベルも瞬いて「?」と大書した。
意味を理解出来ない二人に、ルネの説明が齎された。

「先日、アマンディーヌ様のメイドさん達のお仕事ぶりを間近にさせて頂き、彼女達の情報不足を感じました。流行のヘアメイクはともかく、土台部分に関わる知識は持っておくに越した事はないと考えます」
「……そうなんですか」
「現に、アマンディーヌ様の不調は看過出来ないレベルまで悪化していました。体の正しいメンテナンス知識があればもっと軽症で済んだ筈です」

やっとアランにも彼女の言いたい事が読めてきた。

「つまり外から教材を取り入れるべきだと言っているんですね?」
「仰る通りです。つきましてはアマンディーヌ様を含めた女性陣に、婦人雑誌の購読をご提案致します。一冊の中にあらゆる情報が詰まっていて、とても重宝します。掲載されているファッションもコスメもフードも全てサイエンステクノロジーの結晶です。流行からは国内外の情勢を読み取る事も出来ます」

熱心なルネのセールストークに、アランは双眸を細めた。
彼女が言うならそうなのだろう。当該雑誌に記事を載せていた張本人だ。
婦人雑誌だからと情報を疑っても侮ってもいない。王都の物だからと忌避したりもしない。

「いいでしょう」

ルネが目を丸めた。
思い込みをしていたであろう彼女に、アランは言った。

「王都の書籍の流入を私が禁じていると思っていましたか?」
「そこまでは。初日に問題なく私物を持ち込めましたし」

辺境伯領に来た際、書籍の検閲が無かった件を彼女は言っている。

「ただ、領主の許可なく外の物を入荷するのはNGだろうなと思ってました。外来種の件があったばかりでしたから」
「食品や医薬品の類には厳しい制限を設けていますが、雑貨はかなり緩いですよ」
「そうだったんですね」

取り越し苦労に彼女は安堵の息を吐き、改めてアランを見た。

「ではお城と、街のリブレリへ入荷をご依頼するという事でよろしいでしょうか」

アランが鷹揚に頷く寸前、壁際から声が発した。

「私の方で手配しておきますよ、ルネ様」

ルネと白いドラゴンと共に、アランはアベルを振り向いた。
軍帽の下で笑みを浮かべているアベルに、ルネが「ではお手数ですが――」と頭を下げている。ドラゴンが真似て首を上下させる。
アランは、細めた双眸を鋭くした。

――誰が話に入っていいと言いましたか、お前。アベル。

アランの不機嫌にアベルは知らぬふりで、慇懃に敬礼して見せる。
やはり退室を命じるべきだった、とアランは再び忌々しく思った。



翌週には、領都最大のリブレリの店頭に王都の婦人雑誌が並べ置かれた。
店主によると、目を引く雑誌を「あら素敵」と手に取る婦人が散見されており、売れ行きは悪くないと言う。
ドラゴン城内でもアマンディーヌと、主にサロンワーク担当メイド達の手に雑誌が行き渡った。皆関心事とあって熱心に読み込んでいる。
特に今月号の特集記事は、リンパマッサージだったから尚の事。

「ヤバい。私ずっと逆の事してた……」
「もっと水飲まなきゃ……」

認識を改めていくメイド達を陰ながら眺めて、ルネは一人頷いた。

「美容の意識と健康の意識は同じですからね」

足元でモンブランも頷いた。
美容も健康もドラゴンの関心外だ。無頓着でもそれらを維持出来る特別な体を、ドラゴン達は持っている。
モンブランと共に塔に引き返す道すがら、ルネは古城を振り仰いだ。
城を飾る美しい彫刻達が地上を見下ろしている。広大な庭の中央では金ぴかドラゴンの像が威圧するかのようにして鎮座している。
ルネは、綺麗だな、と呟いた。思い返せば街中で見かける像も綺麗だった。

「人々の頑張りの賜物ですね」

語り掛けるルネに、モンブランは首を傾げた。
ルネは足を止めてモンブランの前にしゃがみ込んだ。小さい頭部を掌で包むようにして撫でる。

「全ての彫像が綺麗にお手入れされてるのは、ドラゴン様方が人々からリスペクトされているという何よりの証です」

さして話に興味がないようで、モンブランはルネの手に頬を寄せて目を閉じる。
うとうとしている顔にルネは笑った。四つ足で立ったまま眠ってしまいそうだ。
徐に、背後から声が発した。

「――像を手入れするのは欺瞞の一環です」

ルネと、パチッと目を開いたモンブランは揃って声を振り返る。
植樹の裏からアランが現れ、一人と一体に歩み寄った。
瞬いたルネは「そうか」と閃いて立ち上がった。

「本物のドラゴンなら汚れないし劣化もしないですよね」

アランは軽く頷き、庭の中央に目をやる。
同じものを目に入れて、ルネは改めて納得した。金ぴかドラゴン像には蜘蛛の巣はおろか、鳥の糞一つ落ちていない。

「全ての彫像の清潔を維持するのは、本物と偽物の区別をさせない為でもあるワケですね」
「その通り。尤も、屋外にある年代物の彫刻はかなり前から全てレプリカです」
「日光や風雨による劣化が激し過ぎて、修復が追い付かないからですね?」
「そうです。本物の歴史遺産は城内博物館で管理中です。見たければ案内します」

意外な申し出にルネは驚いた。

「余所者に見せて大丈夫なんですか?」

博物館所蔵イコール偽物のドラゴンだ。戦力把握の大ヒントになる。
念を押すルネの直視から、アランは顔を逸らした。

「……別に、構いません。それに貴女にはまた借りが出来ましたし」
「何もしてませんが?」
「……例の雑誌です。侍医が感心していました。これは予防医療だと」

プロのお墨付きを得られたのは良かった、とルネは一応納得した。





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