仕事が出来れば、場所はどこでも

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城内に引き返したアランに、アベルが駆け寄った。

「お呼び出しです」

アランを呼び出せる人間など領内に一人しかいない。
うんざりと嘆息し、アランは母アマンディーヌのサロンに向かった。
相変わらず花柄満載の室内で、アマンディーヌは実年齢より若々しい笑みを湛えて待ち構えていた。

「来週、ルネが小旅行に行くそうね」
「……そうですね」
「ついて行かないの? 婚約者でしょ?」
「…………」

アランとて、その案が頭を過らなかった訳ではない。
しかし「婚約者として同伴」と言い張るには今の二人の距離は遠い。
何より、隣領まででは移動距離が短い。近場過ぎる。

――せめて王都程度の距離があれば。

往復で五日はかかる。遠出を理由に「仕方ないからついて行きますよ。道中、婚約者殿に何かあってはいけませんから。私のメンツに関わります」とか言えた。
近場の仕事は返ってイベントとして使えない。学んだ。
アランは「……行きませんよ。隣領ごとき」と母に答えるしかなかった。
けれど母は笑みを閃かせた。

「大丈夫。やれる事はまだあるわ」
「……は? いきなり何です」
「彼女、ホテルのディナーに出席するんでしょ」
「……耳が早い」
「ステキなアイテムをプレゼントしてあげるといいわ。ドレスとかジュエリーっていくらあっても足りないから。女子ってそういうものだから」
「……そうなんですか」

母のアドヴァイスを元に、アランは思考を燻らせた。
辺境伯領内で得られるラグジュアリーアイテムは、一級品ながら最新ではない。歴史的価値があっても宮廷仕様の骨董品では実用に耐えない。
今回ばかりはドラゴン・ダイヤモンドの原石をそのままとはいかない。

「加工しないとジュエリーになりませんね」
「やっと気付いてくれたのね。ママ嬉しい」
「急にキャラを変えないでください」

一応は母に礼を言い、花柄で煩いサロンを辞する。
素材の価値ならアランでも分かる。デサインの良し悪しは、興味がないから分からない。だからこそ前回ジュエリーを贈るのを躊躇った。しかも都会育ちのルネは眼が肥えている。

素人が、無い感性を絞り出す必要はない。何の為に各分野の専門家がいる。
しかし現状、領内にラグジュアリー業界に通じた者はゼロと言っていい。むしろそれはルネだった。

「仕方がないですね」

アランは数年ぶりに王城宛のテレグラフを打つ事にした。
確実にルネを上回る審美眼の持ち主を、一人知っている。

「――王太子殿下、先の戦闘でお世話になりました事をまずは心より感謝申し上げます。さて今回ご連絡しておりますのは――」

この白々しい文面を手にした王太子が、にやにやするのだと思うと忌々しい。



隣領出立を明日に控えたルネは、午後になってアランに呼び出された。
五階にあるサロンの一つでルネを待ち構えていた彼は、藪から棒にローテーブル上の大きな箱を指し示して命じた。

「試着してください」
「え?」
「贈った本人である私は当日見られません」
「一体何の話を……」

困惑するルネの背後から、そっと足音が歩み寄った。アランの側近にしてご親戚のアベル・ボーダン陸軍少佐の声が告げる。

「閣下より、ドレスアップアイテムのご進呈です」

瞬いたルネに、今度は正面のアランが視線を逸らしつつ言った。

「晩餐会には必需品でしょう」

ルネは眉尻を下げた。

「お気遣い恐れ入ります。単なるご報告だったのに、ねだったみたいになってしまいましたね」
「別に、こちらが勝手にした事です。それに貴女には借りがあります」
「確実に無いと思いますが、では有難くお品物を頂戴したいと思います」
「そうしてください。――試着はまだですか」
「あ、はい。では隣のお部屋をお借りします」

二人の背後で、アベルがくつくつと肩を揺らしていた。



接続する扉から隣室に入ったルネは、姿見の前で手早く髪を上げた後、ドレスを身に纏って首と耳と手首にそれぞれジュエリーを着ける。
厳密にはジュエリーじゃない。ハイジュエリーだ。見覚えしかないブランド各社の美しいロゴ入りボックスに半笑いの顔を向け、最後にサーモンピンク色のハイヒールを履いた。
上下ともサイズピッタリ。この際、個人情報の漏洩問題には目を瞑る。

――折角のプレゼントだしね。

アランにそのつもりは無いだろうけれど。
一人でさくっと着替えを終え、姿見で前後左右を確認する。
スクエアネックのフレアスカートのドレスは美しいアクアマリン色で、シューズと色を合わせないルックは都会的だ。
腰に配した大きな白い花柄プリントはキモノを想起させる。着想源は極東だとデザイナー本人も言っていた。

「取材した人のドレスを自分で着られるなんてね」

感無量ながら、デザイナー氏にはモデルのボリューム不足をお詫びしたい。
背後からひょいと白い顔が出てきた。円らな瞳がキラキラしている。
キラキラアイテムに興味があるのだと思うと、ルネは微笑ましかった。

「ホワイトボディにこのエメラルドのネックレスはきっと映えますね」

モンブランは瞬き、明後日を向いた。キラキラアイテムに興味は無いようだ。
一人と一体でサロンに引き返す。
戻って来たルネにアランとアベルは振り返り、似た惚け顔になった。
ご親戚なら似ていて当然かと胸中に言い、ルネはアランに一礼した。

「素晴らしいお品物を頂戴し、感激でございます」
「――、大した事ではありません。王太子をこき使っただけです」
「道理で、ドレスとシューズが王太子殿下の推すブランドさんです」
「王太子の情報など要りません。それより、ドラゴン公たる私への礼法が違っています。丁度良いので今教えます」
「それはどうも」

成り行きで礼法講座が始まった。アランが「こうです」と身振り手振りで示す通りに軽く両手を開いて膝を折る。
壁まで下がったアベルが口元を手で抑え、どうやら笑いを咬み殺している。
モンブランは、円らな瞳をキラキラさせて講座見学をしていた。





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