仕事が出来れば、場所はどこでも

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土曜の正午過ぎ。
山と谷を越えてムニエ伯爵領に入ったルネは、コンテスト会場に向かう前にランチを取る事にした。
今回、付き添いとしてエレーヌだけを伴っている。二人いる御者はどちらも辺境伯軍の兵士らで、エレーヌの下位軍人にあたる。
モンブランのお家でもある塔を施錠出来ないからエミールは残して来た。モンブランに免疫のある彼しか留守番は務まらない。

領都の広場で馬車を停めた旅の一行は、噴水前のベンチに座り、各々膝の上でサンドイッチケースを開いた。生ハムとチーズを挟んだ絶品総菜パンを頬張る。
食事中、見慣れない風景を眺めながら来訪者たる四人は同じ事を考えていた。
ルネが代表して言う。

「ドラゴンモチーフがどこにも無い景色が、今凄く新鮮です」

三人の軍人達は深く頷いた。
今後のルネのスケジュールは、まずコンテスト会場から取材を兼ねて学長に付き添い、夕方は領都ホテルに移動して晩餐会に出る。そのままホテルに宿泊して翌朝帰路に就く。記事を纏めるのは辺境伯領に戻ってからで、仕上がった原稿は王都に郵送する。原稿の締め切りは来週なので、余裕で届く。
のんびりとランチタイムを終え、一行の馬車はコンテスト会場に向かった。



王立芸工大の学長にして教授のドナティエンは、挨拶をしたルネにこう返した。

「子爵のお嬢様、この度は災難でしたね」

叔父の失態で身代わり処罰された件を承知している口振りに、ルネは苦笑した。

「どうぞルネとお呼びください、教授。本日はよろしくお願い致します」
「はいはいルネ嬢ですね。よろしくどうぞですね」

ダンディズムを極めたスーツが決まり過ぎているドナティエンは、フランクに振る舞いつつも眼光鋭く、作品の棚にさっさと早足を向けた。
ルネだけが彼に付き添う。エレーヌを始め旅の同行者らは場外での待機となる。
広い展示室には、工芸家らの作品がずらりと並んでいた。
どれも地域ごと作家ごとの個性が見られ、興味深い。
十列ある棚の合間をゆっくりと歩き、ドナティエンは作品を流し見る。
ある焼き物の前で彼の足は止まり、嘆息が漏れた。

「見なさいね、これ。リボンのくっ付いたサラダボウル、――違った。作品名によると聖杯ですね」

ルネは一瞬、子供の作品が交じっているのだと思った。それくらい可愛かった。
けれど作家名は領主の次女ジャンヌとなっている。去年十六歳で社交界デビューした後、王都から領地に戻ったと聞く。地方貴族の令嬢が卒業前に学校を辞める事は珍しくない。学業に興味がないなら構わない。基本、令嬢は働いたら負けだ。
在学中からライターをしていたルネは、超少数派の令嬢だった。海難事故で両親を亡くして偏屈な宮廷画家に養われていた経緯もあり、校内で奇異の目を向けられる事はあまりなかった。理解と同情だけだ。
ドナティエンがまた嘆息した。

「器部分は適当なのにリボンの部分だけ凝ってますね。――ちょっと絵が描ける類の令嬢令息が一番手に負えませんね」
「極めるほどの情熱はないという事でしょうか」
「それね、才能ないのと同義ですからね。才能ある人で努力出来ない人、一人もいないでしょう」
「仰る通り」
「こんなあからさまに出品されたってね、お嬢様に差し上げられる賞なんてないですよね。でも弟子の名前で推薦状なら書いてあげますよね」
「芸工大への入学を勧められると?」
「入れば自分のレベルが分かるでしょう。同世代の圧倒的な才能に囲まれたらね」
「ああ……」
「他を知らんのは恐ろしい事ですよね。だから田舎暮らしを満喫してる人も、偶には都会を出歩いた方が良いですね。情報量が桁違いですからね」

神妙に頷くルネに、ドナティエンの目線が向いた。

「――で、田舎暮らしのピション君は生きてますかね」

訊かれると予想していたのに、ルネはビクッとしてしまった。
咄嗟の事で、変な笑みになる。

「ご健在ですよ。最近、素晴らしいコーヒーポットを買わせて頂きました」
「なら未だに漉さないコーヒーを飲んでるんですね、彼。本場でハマって以来あればっかりでしたよね。実はね、このコンテストに出品あるかなとか思ってたりしたんですけどね。フツーに無いですね。ダメですね、燃え尽きた男は」
「いえ、そんな事は決して。あ、デミタスは最高でしたよ」
「デミタス熱だけになった抜け殻ですかね、やれやれ」

不機嫌そうなドナティエンの表情から、彼はピションの不在を惜しんでいるとルネは察した。地方の小さなコンテストに大物の彼が出席したのにも合点がいく。
ピションをライバルとして認めているのだ。



ドラゴン城の空中庭園から、アランは南東の空を眺めていた。

「ルネルネ」

言っておくが今のはアランではない。
いつの間にか隣で同じ空を仰いでいる白いドラゴンの鳴き声じみた独り言だ。
ふん、とアランは鼻を鳴らした。

「今頃寂しがっているんじゃありません。お前の粘りが足りないからです。自業自得です」
「ルネ楽しいの。良かったね」

白いドラゴンは長い尾を左右に揺らした。
聞き流しかけたアランは、パッとドラゴンを見た。

「お前、彼女の今の心境が分かるんですか」
「楽しいの、分かるの」

リモート・シンクロ状態だ。ただし一方通行。
アランと配下のドラゴンどもは常に見えない糸で繋がっている。「のら」とは繋がっていない。対面時でなくば会話出来ない。
ルネはドラゴン・マスターではない。
大公家の血統でもマスターになれるとは限らない。一族に一人以上必ず現れるものではない。
本来、声を聴く者だけをドラゴン・マスターと呼ぶ。だから厳密には亡き父はマスターではなかった。
アランは当主になってマスターになったのではない。物心がつき、ドラゴンの声を認識した瞬間からだ。つまり同時期にマスターは二人いた。
アランが誕生するまで、大公家は数百年もの間マスター不在だったのだ。
いつかのノワールの言葉が過ぎる。

「パイオニアだ」

アランは白いドラゴンに問うた。

「パイオニアとはどういう意味です」

ルネルネ言っていた白い顔が、アランを仰いだ。

「見てくれたから。分けてくれたから」

アランは理解した。
ルネはドラゴンを「見た」。ライター目線だっただろう。好意しかない好奇心が新たな切り口となった。
また彼女はドラゴンに「分けた」。飲みかけのコーヒーに違いない。これがシンクロに至る決定打となった。
今から凡そ千五百年前、始祖の大公も戦時にドラゴンと水を分け合った事でシンクロに至ったと言われている。
人とドラゴンの、共存と共闘の歴史の始まりだ。





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