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32 口添え
しおりを挟む最優秀作品賞は、二つの候補のいずれかになるとルネは予想していた。
ところが本来一つの栄誉を、ドナティエンは「二作品に差を付けられない」とした。他の審査員達も彼に賛同して運営本部に申し出た結果、受賞は二つとなった。
一つは、地元作家による花籠。
もう一つは西に隣接する子爵領からのエントリー作品だ。陶芸家は子爵令息で、外国の美術学校を出ていると言い、皿に施された絵付けはダイナミックだった。焼き物は独学らしい。
因みに彼の地元は王都に繋がる路線の終点で、嘗てルネもお世話になった。
受賞二作品が発表され、展示室は拍手に包まれた。
そこに「不正よ!」とクレームが飛んで来た。リボン聖杯の作り手、ジャンヌだ。
「アナタ達、隣の子爵から賄賂貰ったんでしょう!」
ドナティエンも審査員達も揃って白けた。室内に驚く顔が少ない事からして、予測の範疇だったと思われる。
「お嬢様」と声を上げたのは、子爵令息だった。
「僕の作品を貶めるのは全く構いませんが、他の方への無礼はお控えください」
「なあにい? 軍隊に落とされて外国に逃げた面汚しの癖して、偉そうに説教しないでくださるう?」
爆弾が落とされ、一同は固まった。
子爵令息が入隊審査を不合格となったのは、先天的な病があったからだ。つまり本人には一切非が無い。
嘘だろ、と言う複数の目がジャンヌを凝視する。かく言うルネも絶句した。あまりにも幼稚で、礼も品もなく、デビュー後の令嬢とは思えない。
癇癪ならまだ可愛かった。
ドナティエンが深い嘆息を吐いた。
「貴女は、人様にあれこれ言えるほど偉くないですね」
「はあ? アナタこそ賄賂貰った分際で何よ」
ジャンヌは世間知らずにありがちな、強気だった。
ドナティエンはとうとう渋面になった。
「名誉棄損で訴えますよ、貴女ね」
「やればあ? お父様が黙ってないんだから」
「しかし裁判、面倒臭いですね……」
半ば独り言た彼は、不意にルネを見た。
瞬くルネを見ながら彼は告げた。
「或いはドラゴン公にお縋りしますかね」
ジャンヌもルネも、誰も彼もが唖然とした。
終点の地、子爵領はドラゴン辺境伯領と良好な関係を結んでいる。
辺境伯領内で調達出来ない物品は、ほぼ全て子爵領経由で入ってくる。世界三大ハムもその一つ。最近では婦人雑誌も加わった。
天候や情勢悪化による品薄、遅延の場合は、辺境伯領への出荷分が優先される。
終点を子爵領の領都に置くよう国に口添えしたのは先々代ドラゴン公だ。レールが敷設される前、子爵領はかなり弱小で豊かとは言えなかった。
交通で得た富の大恩があるのだ。
実のところ国内全ての領地がドラゴン辺境伯領に借りがある。大公国が併合された直後、王国民は兵役義務から解放された。
最強の盾と矛を手にした王国は、全国民男子を戦地に狩り出す必要がなくなった。当時のドラゴン大公の英断があったとされている。
元は他国である大公家が王家から一目置かれているのはこの為だが、それを面白くないと感じる貴族は少なからずいる。主に地方の、高位の貴族達。辺境伯領への「田舎者」コールは僻みに近い。
南東の隣人であるムニエ伯爵家は、コールに参加しない沈黙スタイルながら親戚に高位貴族が多い為、どっちつかずというイメージがある。
どっちつかずの伯爵家の令嬢が、日々大恩を返している子爵家の令息に無礼な口を利いている。
「ドラゴン公はどちらの味方をされると思いますかね? ジャンヌお嬢様」
ドナティエンの言いたい事を察してジャンヌもルネも、誰も彼もが黙った。
コンテストは静かに幕を下ろした。
空騒ぎの後、ホテルでの晩餐会は予定通り開かれた。
ドナティエンの隣に設けられた席に向かい、ルネは円卓を共にする他のゲストらに一礼する。
ジャンヌも、伯爵家の面々も見当たらない。彼女は父伯爵に叱られているらしい。
着席したルネを見て「おや」とドナティエンが頬を緩めた。
「見覚えのある素敵なドレスがお似合いですね、ルネ嬢」
ルネは苦笑した。現在ブランドを率いるクリエイティブ・ディレクターが、彼の教え子なのは偶々だ。プレゼントなので狙ってもいない。
「彼は学生時代からキモノが大好きでね」とドナティエンは懐かしんだ。
「いやはや開国してくれて良かったですよね、極東さん。お陰様で東西共に科学も芸術も進化しましたね。開国交渉ではドラゴン公も口添えされたと聞きますね」
「初耳です。国交があったなんて」
不意にルネは思い出した。以前、エレーヌは本で石の庭を見たと言っていた。
極東の書籍が、遠く離れた陸の孤島に出回っている。不思議だった。
「私も詳しくないですけどね」とドナティエンは続けた。
「あちらさんも持ってるから、らしいですよね」
「ドラゴンの生息地なんですか? 小さな島国が?」
「総面積は辺境伯領より広いですよね。あちらさんでは龍と呼びますね。見た目も大蛇っぽくてね。同じ生き物に分類されたのは割と最近ですね。同じ魔法を使いますからね」
ルネは惚けた。風土によってドラゴンは異なる進化を遂げた――人と同じく。
ドラゴンの分布図は、よく分かっていない。分からないまま大半が滅んだ。海峡越しの隣国、紅茶大帝国にも嘗てドラゴンがいたとされるが既に絶滅している。
彼らはどこかから来て、隣人として人と過ごし、どこかへ去っていった。
ダイナソーなどと違い亡骸がない為、滅んだという言い方は正しくない。
消えたのだ。
「どこへ……」
呟いたルネに、ドナティエンは「さあてね」と肩を竦めた。
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