仕事が出来れば、場所はどこでも

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35 緊急

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農村部の空からドラゴン・シュプールを目撃したピションは、馬を走らせた。
正門で立哨する兵士どもの制止を振り切ってドラゴン城に駆け込み、発射地点を目指す。
丁度修復作業に入ろうとする環境保全課の連中を認めた。

「ストップ! ちょっと待て!」
「え? ピション先生?」

ツイている事に、作業部隊の指揮官は以前エレベーター設置の際に顔見知りになった技師だった。
ピションは人垣を掻き分け、石の床に目を落とした。
ほぼ正円の亀裂が、蜘蛛の巣のように複雑な文様を描いている。

「おお。これぞ人類をぬか喜びさせてきた――似非魔法陣」
「へ? ああ、はい。ですね」
「ドラゴン・マスターの周囲に生じる強烈なプラズマが根の如く地面を砕き、あたかも魔法陣のような円を描くという」
「ですね。――修復作業に入って良いですかね?」
「まだ見てるだろう」
「すんません」
「私は――私はな、ガキの頃からこいつに憧れて科学者やってきたんだよ」
「へえ」
「私は、自分こそがラスト・錬金術師だという自信がある」
「へえ」
「研究に没頭し過ぎて無断欠勤した挙句宮廷をクビになった訳だが、それくらい魔法ってやつに憧れてたんだよ」
「へえ」
「おい、何だその腐った反応は。地面からバーンと魔法陣が出て来たらカッコいいだろう」
「すんません」
「仕事クビになった後、夢を求めて古代文明の栄えた国々を訪ね歩き、遂に開国間もない極東に到達した。噂を聞いたんだよ、極東人は掌から魔法陣を発する術を持っているとな」
「そうなんですか」
「しかも西洋でもお馴染みの五芒星だぞ? 何百年も夢視て、結局夢破れたものが実在するかもしれんのだ。行くっきゃないだろう」
「行くっきゃないですね、はい」
「結論から言うとな、それ魔法陣じゃなかったわ。陰陽道なる天文学と言うか、風水みたいなもんだった」
「掌から魔法陣は出ず?」
「出ずだ。陰陽師は実在したが、悪霊退散! とかってゴーストのバスターはしてなかった。普通の天文学者で気象予報士だった」
「長旅お疲れ様でした、ピション先生」

ピションの相手をしながらも、技師はさくさくと床の修復作業を進めていた。



アランがルネの危機を察知したのは、情報がドラゴンからドラゴンにリレー伝達された後の事だった。
ノワールからの「若造モンブランが飛ぶ」という緊急速報をキャッチし、城内に入るところの足を止め、曇りの空を仰いだ。
直後、小塔の方から爆音と黒煙があがり、ドラゴン・シュプールを残して白い個体が飛び立っていった。
更にノワールが「ルネルネ、ピンチ、と若造が発信してた」という続報を受け、白い個体の異常行動の意味を理解した。
アランは自分もプラズマの翼(よく)を展開し、白い個体を追って飛んだ。
緊急発進の際、周囲にあった者や物を倒しただろうが気にしていられなかった。尤も、城の連中は心得ているから心配していない。
ドラゴンの歩行も飛行も阻害してはならない。無論、ドラゴン公の歩行も飛行も阻害してはならない。
もし怪我人が出ていたら、後で見舞う。
発進から程なく音速飛行に入ったアランは、先行する白い個体の痕跡を辿った。

白い個体が降り立った先は渓谷の向こう岸、隣領だった。



横転した景色の中で、エレーヌはハッと目覚めた。
数秒、失神していた。咄嗟に腕の中に抱き入れたルネは意識が朦朧としている。頭を打ったのかもしれない。急いで医者に診せなければ。
今は天井になった馬車のドアを蹴破ったエレーヌは、出そうとした顔をすぐに引っ込めた。
銃弾が飛んで来た。小窓を覗くと、後方の御者だった兵士が地面に倒れているのが見えた。生死は分からないが、拳銃を奪われたのは確かだ。銃声だけで自分達の支給品だと分かる。

――山賊どもが。

もう一人の前方にいた兵士は無傷だったようで、車体の陰に身を潜め、じりじりと接近する賊どもに応戦している。二頭の馬達は倒れたまま暴れるしかない。
ルネを車外に出すのは後回しにし、エレーヌは単身飛び出す決意をした。
半開きのドアに片腕の懸垂で取り付き、腰の銃に手を当てる。
出るタイミングを計らう最中に、山賊どもの怒号が飛び交った。

「軍人どもを始末しろ!」
「おい、荷物に弾を当てるな! お宝ジュエリーがある筈だ!」
「小娘だけは生け捕りにしろ! 若い西洋人を扱うブローカーに売り渡す」
「セクシー美女なら俺がもらうぜえ」
「お頭、残念! 色気ゼロの小娘っつー話でさあ」
「なら要らねえ」

エレーヌは「こいつらに人権とか要らないよな?」と想念を過らせ、飛び出す態勢に入った。
その前に、救済の光が飛び込んで来た。

空から白い発光体が落下し、両陣営の間にドスンと着地した。
「なんだあ?」と山賊の首領が手造り改造車の陰から顔を出す。
「なんだあ?」が、首領の最期の言葉になった。
発光体からゴアッと白い火炎が噴射され、顔面で浴びた山賊どもの半分が炭になって消えた。折角の改造車も半分が消し飛んだ。
最大の兵器を失い、山賊どもは恐慌状態に陥った。
怒声と悲鳴が湧き、銃弾が発光体に集まった。

白い光に包まれた白いドラゴンは、迫りくる鉛の弾をじいっと見た。
ボディに当たる寸前、全弾が破裂して消滅する。
焼かれたのだ、とエレーヌは震撼した。

――視線だけで良いんだ。

的が小さいならそれで事足りる。
仮に銃弾がボディに届いたところで負傷はない。彼らドラゴンの皮膚は、似て非なる爬虫類のそれとは出来が違う。
エレーヌは息を呑んだ。

――凄まじい生き物が人間社会の中で暮らしている。

昔、学校の教師が言っていた。
人類が星の支配者になれたのは個体数で勝ったのと、まぐれだと。





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