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36 初めて
しおりを挟むモンブランのお陰で出番を失ったエレーヌは、有難く車外に駆け出た。
倒れた兵士の救出に向かう。
同じ事を考えたもう一人が加勢に走り、二人でドラゴンの背後に伏す負傷兵を引き摺って、物陰に引っ張り込んだ。
触れた瞬間に生きていると知れた。銃創はないが、こめかみに打撃痕がある。
「おい、しっかりしろよ。すぐに応急手当てをしてやる」
前方の御者は衛生兵だ。
手当てを部下に任せ、エレーヌは自陣が圧倒的過ぎる戦場に目を戻した。
翼を持った人が戦場に降り立ったところだった。
無音で着地すると同時に、白シャツ姿の背中から伸びた巨大な光の翼が花火みたく弾けて消える。
惚ける賊どもに、彼は言った。
「――逮捕など、期待しないように」
エレーヌはぼんやりと思った。
確かに逮捕手続きは面倒だし、金がかかる。
賊に金はかけない。
脆弱な弾幕の中を涼しい顔で進み、アランは正面にした山賊の頭を片手で掴んだ。
根性なしの山賊は「ひい」と言って銃を落とし、両手を挙げて降参しようとした。
その前に焼く。ほんの一瞬、嫌な臭いがした。変なものを食っていた証拠だ。
仲間が焼死する間、残り三人の賊が林に逃げ込んだ。山賊には仲間意識も友情も皆無と見える。ファミリー意識がある分、マフィアの方がマシかもしれない。
視界に入っている以上、逃げても無駄だ。
アランは逃げる後ろ姿を直視した。ルーペで集めたような細い光が後頭部を直撃した途端、三人は凍り付き、バタバタと倒れた。ヘッドショットで即死だ。
賊を全滅させ、アランは馬車の方に足を向ける。
途中すれ違ったエレーヌに「死体を伯爵宛に送れ」と命じた。「お前の治安維持がなっていない証だ」というメッセージを籠める。
今は責任問題など後回しでいい。
横転した馬車の、上になったドアが開け放たれていた。車体に飛び乗ると、ドアの縁から白いドラゴンが車内を覗き込んでいる。
「ルネルネ」
「分かっています。お前は今回よくやりました。本当に――」
アランは、生まれて初めてドラゴンの頭を撫でて労った。
この白いドラゴンがルネとシンクロしていなければ確実に間に合わなかった。
アランもドラゴンもルネを失っていた。
「――ルネ」
車内にそっと下りたアランは、静かに眠る彼女に両の手を伸ばした。
「だから日帰りしろと言ったでしょう」
アランの悪態に、ルネは安らかな寝息を返した。
寝顔の彼女を両腕に抱えて車外に出ると、アランは再び白銀色の翼を展開した。
ほぼ無音で上昇し、空路を戻ってドラゴン城に引き返す。体の周囲を丸く包む光の膜が、小雨から二人をガードした。
二人の後を白いドラゴンが追う。
帰りの飛行は静かだった。
ルネが目覚めたのはランチタイムの少し前だった。
雨の中の渓谷にいた筈なのに知らぬ間にドラゴン城内にいた。覚醒後、初めて目にする瀟洒な寝室で侍医の診断を受けて、メイド達から手厚く介抱されている。
二年目のメイド改めカリーヌが、これまでの経緯をルネに教えてくれた。
「音速でルネ様を迎えに行かれた閣下は、渓谷で山賊どもをギタギタにされたとの事です」
ルネは内心「ああー」と喚いた。そんなとんでもない状況で呑気に失神していたなんて勿体ない。お陰でアランのスーパーヒーローっぷりを見逃がした。
悔やむルネの傍らで、カリーヌはうっとりとしていた。
「城に帰還した閣下はそれはそれはステキでしたよ。白銀色の翼を得たお姿は神々しく、お姫様を救い出してきた王子様そのもので……、いけない。王子様よりドラゴン公の方が立場上でした」
ノックが鳴り、カリーヌの演説が終わる。
入って来たのはスーパーヒーローのアランで、食事の載ったトレイを両の手で抱えていた。
メイド達は「まあ」という顔を閃かせてそそくさと退室していく。
アランの足元にはモンブランが纏わり付いていた。ルネと目を合わせるや、てってけベッドに駆け寄ってくる。
ルネは頬を緩めた。
「モンブラン様、ご心配をお掛けしました」
ベッドからでは床のモンブランに手が届かないので、脳内でなでなでしておく。
窓際のテーブルにトレイを置いたアランが、こちらを振り返った。
「体に異常はないようですね」
「お陰様で絶好調です。気絶中、閣下が山と谷を越えて私を運搬してくださったそうで。どうもお手数をおかけしました」
「大した事ではありません。モンブランのお手柄です」
そうですかあ、と応じかけてルネはふと気付いた。
アランが「モンブラン」と口にしたのは初めてではないだろうか。
ベッド脇に歩み寄り、モンブランに並んだ彼は軽く首を傾げた。首元でさらりと揺れた金髪が瑞々しい光を放つ。
「ランチをお持ちしましたが、食べられそうですか? ルネ」
「有難うございます。実はかなりお腹が空いてる、ようで、」
自分も初めて名前を呼ばれた事を認識して、ルネは僅かに口元を引き攣らせた。多分変な顔になっている。
アランは、ただ頷いた。
「では一緒に食べましょう。三人分のコーヒーは間もなく届きます」
「あ、コーヒー……。良かったですね、モンブラン様」
ルネは多分変な顔のままモンブランを見やる。
モンブランは笑みのように目を細めてルネを見返し、尾を左右に振った。
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