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39 人間の善悪
しおりを挟む翌朝。
ルネは、四階アマンディーヌの居住フロアにあるバルコニーへと向かった。
ドラゴン城逗留以来、彼女との朝食会が続いている。
階段を使って五階から四階に下りる。
下り切ったフロアの先に、アランの仁王立ちシルエットが待ち構えていた。
彼を目撃した途端、ルネはぎょっとなった。ルネの仰天につられて足元のモンブランも「なになに?」と言う風に首をひゅっと伸ばす。
アランのヘアスタイルが激変していた。長い金髪が切り落とされて短髪になっている。相変わらずの艶髪なので、女子のベリーショートという表現が相応しい。
唖然とするルネに、アランはどこか誇らし気に言った。
「どうです」
「え? あ、はい。大変お似合いで……」
「これで貴女の憂いは晴れましたね」
「うれ……憂い?」
「私の長髪に嫉妬していたでしょう。鬱陶しかったので丁度良かったですよ」
「なる、ほど」
ルネはどうにか呑み込んだ。このところの彼は言動が難解で反応に困る。
髪を弄ったところでアランの美貌は微塵も揺るがない。いっそ顔を隠すものが消えて益々際立った。
ベリーショートのアランと共にバルコニー席に向かうと、息子を見たアマンディーヌが「ええっ」と声を上げて椅子で跳ねた。
母親も与り知らないイメチェンだったようだ。
食卓で幾つか情報共有があった。
アマンディーヌの筆頭メイド、ポリーヌが停職処分を受けた後、自ら職を辞した。
昨晩の内にドラゴン城を発ち、南東隣りのムニエ伯爵領に向かった。親戚を頼っての移住だと言う。
大ごとになってしまったのかと思うと、ルネの胸中に若干の罪悪感が過ぎる。長引かせない。モンブランに伝わってしまう。
そのモンブランは、庭園の一部を火炎放射器よろしく焼失させたワケだけれど勿論お咎めなし。
むしろアランは「勲章でもくれてやりますか」などと言っている。城内にも称賛の声しかなく「庭を焼くなんて対応がオーバーでは?」と誰かが言い出す事もなかった。辺境伯領でも、特に城内は徹底してドラゴンの行動を否定しない。
ともあれモンブランへの賛辞は心地よく、似非ドラゴン・マスターとしてルネは勝手に大いに誇った。
食後、アランに連れられて空中庭園に足を運んだルネは、見知った石像達に「おはようございます」と会釈をする。動きは控えめ。「こちら様は本物ですよ」と周囲に知らしめる事になる。
尤もアランは「城ドラゴンごときバレても構わない」と明言している。
余裕の姿勢に、ルネはやはり恐れを禁じ得ない。
――城の外にどれだけの配備があるんだろう。
アマンディーヌ曰く、ドラゴンは神使であり兵器だ。
アランは「のら」の把握に拘っていない。戦力の充足もあるにせよ、それ以上に興味がない。ドラゴン達に対する「勝手に」という姿勢から分かる。
でもルネは、アランの放置姿勢に胸騒ぎがしてならない。杞憂かもしれないけれど言うだけ言ってみた方が良い。今の友好的なアランなら耳を傾けてくれる。
二人と一体は空中庭園の端まで歩き、金ぴかドラゴン像を中心とした庭園を見下ろした。焼き払われた南側の一角では庭師チームによる修復作業が始まっている。
早い仕事に感心しつつ、ルネは隣に立つアランに切り出した。
「閣下、のらドラゴンについてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「モンブラン様のような発見例は百年以上無かったんですよね?」
「そうです。これまでは先々代当主が見付けた一体が最新でした。ヴィオレ(紫)です」
発見場所は、城の森の中にある石で出来た大公家の廟内だったと言う。ただ、必ずしも「のら」は城の敷地内で寝ている訳でもないらしい。
ルネはやはり危惧した。
「お門違いの提案かもしれませんが、言ってみても?」
「どうぞ」
「放置されているのらの方々を、把握されてみませんか?」
「未確認の個体を探そう、と言っているんですか?」
「はい。知らないままでは、なんだか落ち着きません。モンブラン様はコーヒーの香りで目覚めています。実に簡単でした。仲良くなれて私は僥倖でしたが、その一方でもし第一発見者が自分でなかったらと思うと嫌な感じがします」
ルネの危惧を察し、アランは長い両腕を組んだ。
いつも通り軍服を着崩している彼は、今日も肩にエレガントなロング丈ジャケットを引っ掻けている。じき夏仕様に衣替えだそうだ。
彼のルックはファッションでも何でもなく、翼(よく)の展開時にさっと脱ぎ捨てられるよう意図されているのだと、ルネは遅く察した。
熟慮に耽るアランの、美し過ぎる横顔に更に言う。
「アマンディーヌ様が仰っていました。ドラゴンは罪人も聖人も区別しないって」
アランの切れ長の双眸がルネを見た。
「まあ人間目線ではそうなりますね。正確には、ドラゴンどもは人間の善悪に頓着しないんです。自然界の動物と同じです。しかし実のところ区別はしています」
「私達の人間性を見てるんですか?」
「それも少々語弊がありますね。ドラゴンどもが重要視しているのは自分への害意です。犬猫にも似たような能力があると言うでしょう」
犬は犬嫌いが、猫は猫好きが分かるという説がある。犬の方はともかく猫の方は科学的根拠はない。なくていい。敢えて覆す必要のない平和な説だ。
ルネはアランの言いたい事を悟った。
「犬好きの山賊はいますよね、きっと」
「猫好きのマフィアもいますよ。貴女は、そういった輩にのらを手懐けられてはならないと考えたワケですね」
「はい」
「確かに、絶対に起こり得ないとは言い切れませんがゼロに近いですね」
瞬いたルネに、アランは「いい機会です」と言って踵を返した。
「長話になりますし、場所を変えましょう」
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