仕事が出来れば、場所はどこでも

C t R

文字の大きさ
38 / 60

38 とくと感謝

しおりを挟む



翌日の午前。
仕上がった原稿を王都宛に郵送してもらったルネは、籐のバスケットに差し入れを詰め込むと、二日ぶりに小ドラゴンの塔へ赴いた。
修復作業中の今もエミールは衛兵室に詰めているから陣中見舞いだ。
背後から「お気遣いには及びませんのに」とエレーヌが言った。

「構う事ありませんよ、あんな腹立つ奴」
「エレーヌ少尉、昨日はお兄様からドラゴン・シュプールの目撃談を散々自慢されたそうですね。でも確かに羨ましいです」
「モンブラン様の落下地点の渓谷側はお空見物どころじゃありませんでしたからね。だから一人でお空見物を楽しんだアイツは退屈の刑に処されてて良いんです」
「まあまあ……」

話しながら塔までのショートカットコース、金ぴかドラゴン像が見下ろす庭園内に入る。
楕円形の薔薇の生垣を五重に重ねた庭は、簡単な迷路になっているので注意散漫の状態で歩くと迷う。

エレーヌ同伴とあって、ルネは気が緩んでいた。
突然、ガザッという音と共に横から人影が飛び出して来た。
タックルを受けて吹っ飛ばされたルネに、エレーヌの手が伸ばされたものの咄嗟の事で間に合わない。
倒れゆくルネに、トゲのある生垣が迫る。
モンブランが俊敏に飛び上がった。生垣とルネの間に割り込み、緩衝材となってルネを支える。と同時に、数秒の滞空状態の間に首をぐるっと反転させ、上下に開いた顎から白い火炎を噴射した。
数秒の猶予を得たお陰でルネに手が届いたエレーヌだったが、白一色となった光景に唖然とした。ルネも同じ顔をした。
一秒程度で火炎が消えると、噴射範囲にあった生垣も綺麗さっぱり消えていた。
タックルの張本人、ポリーヌは地面にへたり込んで脅威の生き物を凝視していた。

「な、なに、このバケモノ……」

エレーヌはルネをその場にゆっくりと座らせ、ポリーヌに歩み寄った。

「バケモノはお前なんじゃないのか? 何をしたか分かっているのか? ルネ様は危うく大怪我を負うところだったぞ」
「い、急いでて、うっかり……」
「何を急ぐ用事があると言うんだ? 仮にあったとしても関係ないんだ。ドラゴン城内では走るな騒ぐなとルールで定まっている。この庭園然りだ。まさか筆頭メイドが知らんとか言わんよな?」
「ワザとじゃないのよ……じじ、事故なの……」

蒼褪めるポリーヌに尚も詰め寄るエレーヌの背中に、ルネは告げた。

「エレーヌ少尉、もうそれくらいに。現状では事故と事件の判断は付きません」
「いや事件で決まりですよ。確実に傷害未遂でした」
「証明出来ない言い分は、言い掛かりと同じですよ。少尉、幸い怪我人はいませんし、これ以上ここでモメるのはよしましょう」

エレーヌは小さく「ち」と舌を鳴らし、ポリーヌから一歩離れた。
座ったままルネは体を検める。左の肩が多少痛むくらいで問題はない。
とことことモンブランがやって来て、いつものようにルネの足元に顔と首とでじゃれついた。
ルネは笑み、細い首を撫でた。

「助けて頂くのは二度目になりますね。有難うございます。お陰様で体も服もズタズタにならずに済みました。荷物も無事で――、バスケットが無い?」

突き飛ばされた反動で手から離れた差し入れは、宙を舞う間に生垣の一部と共に焼失してしまった。



結局ルネは、小ドラゴンの塔に着く前に城に引き返す羽目になった。
差し入れもないのではエミールの陣中見舞いも出来ない。
舞い戻った公妃の寝室で侍医の診断と手当てを受ける。時間経過と共に、打ち付けた左の二の腕に薄い痣が浮かんでいた。
侍医に湿布を貰って事なきを得た後、部屋にノックが響いた。
「どうぞ」と返すのとほぼ同時に扉が開いた。
丁度出るところの侍医とすれ違って来たアランは、ルネの腰掛けるソファーに大股の早足で歩み寄った。

「具合はどうですか」
「問題なしです。どうも」

即答したルネに彼は深い嘆息を吐くと、二人掛けの広い座面の端に腰を載せた。
項垂れたついでに、ルームシューズを履いたルネの足の甲で顎休め中のモンブランと目線を交わす。そうやって楽しく会話をしている。
折角のシンクロも一方通行ではつまらないな、とルネは少し腐った。数秒で切り上げて、見舞いに来てくれたアランに意識を戻した。

「わざわざお手数でした、閣下」
「構いません。時間などどうとでもなるんです」

「忙しい」と豪語していた彼の発言とは思えない。
ルネは、アランを観察した。モンブランに倣ってじいっと見る。
急な直視にアランは瞬き、軽く顎を引いた。

「……何か、私の顔に付いていますか」
「各種の綺麗なパーツが完璧に配置されています」
「個人的には至極どうでも良い事ですが、貴女のお気に召したなら母に感謝です」
「とくと感謝されてください。――御髪のカラー、お母様とは若干違うんですね」
「単に傷んでいるんでしょう。手入れなどしませんから」
「――は? 手入れなしでそのクオリティ?」
「え……何ですか、その腐ったような目と声は」
「ような、ではなく腐ってます。――そうでした、閣下のようなスペシャルな人がこの世には実在するんでした」
「……人外という意味ですか」
「言い得て妙ですね。手入れしないのに艶髪をキープ出来る人や、歯磨きが適当なのに全然虫歯にならない人の事です。確実に人外です」
「……何ですか、それは」
「閣下のようなしなやかな艶髪は女子の憧れです。心底羨ましいです。いっそ嫉妬します」
「え……」
「私なんて御覧の通り酷い癖っ毛ですからね。巻いてませんから、これ。自前ですから。適当に乾かして寝た日には翌朝待っているのは倍返しのストレスです。雨の日とかちゃんとセットしないと大爆発ですよ」
「…………」

アランの顔は、途中から惚けていた。
ルネの自虐に言葉もないのだろう。





しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

【完結】勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい ~婚約者契約は円満に終了しました

九條葉月
恋愛
【ジャンル1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約(婚約者関係)を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 順調に準備を進めていると、契約を終えたはずの公爵様や王太子殿下たちがなぜか次々とお店にやって来て――!?

処理中です...