仕事が出来れば、場所はどこでも

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翌日は土曜日とあって、ルネは早速「のら」探しに出掛ける事にした。
玄関前で、送迎馬車を背にしたアランがルネとモンブランに告げた。

「では行きましょう」
「あ、はい」

一緒に行く約束をしたようなしなかったような気がしつつも、ルネは誘導されるがまま馬車に向かう。
先に乗り込んだアランが差し出した手を遠慮がちに掴むと、全身をぐっと引き上げられた。訓練地訪問時に乗降を手伝ってもらった際にも思ったけれど、アランは介助の要領を心得ている感じで、力強いのに無理やり感が無い。
すとんと座面に落ち着いたルネの隣に、モンブランがぴょいっと飛び乗った。
二人と一体を乗せて馬車が動き出す。
車窓の外で、見送りの一団を率いたアマンディーヌが「いってらっしゃーい」と手を振っている。
女子軍団の中にステファーヌの姿はない。ポリーヌが処分されて以来、彼女はアマンディーヌから距離を置き、四階に顔を出さなくなった。
城にはいる。本来のステファーヌの業務は前公爵夫人のお友達係などではなく、城内の調度品を管理する美術部門の長である。季節変化に伴い、各部屋で模様替えが始まっている。
ステファーヌは忙しい人なのだ。なのにステージマザー職までこなしていた。

――いい機会では。

このままステージマザー職を辞してくれるといい。
笑みの会釈で見送りの一団に応えながら、ルネは平和維持を願った。
対面シートのアランは不愛想な一瞥で見送りに応じて以来、両腕を組んで逆の車窓を眺めている。
つくづく見た目以外は似ていない母子だ。
ルネの視線に気付いたアランが、顔を正面に戻す。いつ見ても麗しい。

「何です?」

用は無かったルネは、適当に口を開く。沈黙を埋める術は仕事で培った。

「これから向かうのは軍施設ですよね」
「辺境伯軍の東方面部隊です。言った通り、のらドラゴンが寝ているとすれば高確率で稼働中のドラゴンの近くです。また領の外も有り得ません」
「諒解です。新たな仲間に会えると良いですね」
「私はどっちでも。単に出掛ける口実です」
「閣下は、それほどお城に籠り切りでもないですよね?」
「貴女の事です」
「確かに。公妃エリアに居候中の身では、食材を求めてマルシェに行く必要がありません」
「その内完全に必要なくなりますよ」
「食材なしには料理が出来ません。塔の修復はまだかかりそうですね。果樹のお世話をエミール少尉に任せ切りで心苦しい限りです。そろそろ彼の退屈が限界じゃないかと心配です」
「……やけに気にしますね」
「気にしますとも。お借りしている大事な閣下の部下ですよ」
「……ん? 今のはどっちの意味です? 大事なのは私ですか、部下ですか」
「モンブラン様のお陰で捜索活動が捗るようになったのはお手柄ですよね」
「さらりと流し……、まあ、コーヒーで釣れる事が判明しましたからね」

ルネはまだ見ぬドラゴンを想像して浮ついていた。つられて上機嫌のモンブランも長い尾をゆらゆらと揺らしている。
アランはどこか仏頂面になって車窓を流し見ている。
大して興味がないのに付き添ってくれた事は有難い。けど心苦しいので、無理に付き添ってもらうのは今後は遠慮したいところだ。



東方面部隊に到着した二人と一体は、正面ゲートのドラゴン像を前にした。
アランがさらりと口にした。

「ご苦労」

本物確定だ。
ルネは意味なく前後左右を見回した。

「人様に聞かれます」
「どうせ軍関係者しかいません。ランチの給食は期待して良いですよ」
「極東料理人の舌と腕が世界トップクラスなのは王都でも有名で――今頃、気付いたんですけど」
「何です」
「閣下、このまま私を案内し続ければ配置がモロバレです」
「別に構いません」
「構いましょうよ」
「早速キッチンを借りてコーヒーポットを沸かしましょう」
「さらりと流し……」
「お返しです」
「え、何の?」

早速キッチンを借りた。

給食センターにも拘らず、センター長でなくシェフの名を冠するのは極東からの移民フジシマで、彼が現場を仕切っていた。ハーブ研究の為、十五歳で海を渡ったらしい。
彼から指示が飛ぶ度にキッチンメンバーは「ウィ、シェフ!」と威勢よく答える。まるで軍隊。まるでも何も軍隊だった。
「コンロを一つ拝借」と言ってキッチンに踏み込んで来たアランに、黒髪のシェフは「うす」と頷いた。体の分厚さと相俟ってサムライより柔道家っぽい。
ルネはアランに続きながら想念した。

――フジシマ氏を取材したい。

「ルネ」の声に意識を向ける。
空いたコンロの前で、アランがルネを半ば睨んでいた。

「何をじろじろと見ているんです」
「柔道家を――違う、シェフを」
「彼が柔道家でもあると、いつ知りました」
「あ、例えでなく本職さんでしたか」
「いいから来なさい。全く、離れるんじゃありません」
「あ、はい」

仮にも軍施設内でフラフラして良い筈がない。内省と共にルネはそそくさとアランのもとへ向かった。
ルネを追うモンブランは、笑みのように目と口を緩ませていた。



この頃のモンブランは、コーヒーカップの前でなくてもほわほわしたりする。
アランがルネばかり見ている。
出会った当初、彼からは何も感じられなかった。
マスターは、ドラゴンに対して思考や感情を閉じられる。つまらなかった。
でも時々アランの感情が零れ出るようになった。つまらなく、なくなった。
前に、キラキラアイテムをくっ付けたルネを見てそわそわしていた。
今も、他に目が行っていたルネを見てそわそわしている。
ルネを見ている。大事にしている。
ルネが大事にされている。

「モンブランのルネだよ」

モンブランは、誇らしい。





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