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42 ファミリー
しおりを挟む湯気の立つコーヒーカップを手に、アランは敷地内でも人気の薄い場所を選んで歩き回った。
ルネは「自分が」とカップを引き受けようとしたのだけれど、彼に「いえ私が」と拒否された。
カップを持ってあちこち歩くアランと、あたふたと彼を追うルネとモンブラン。
傍目には謎の光景だろう。
ドラゴン城内には「神使様はコーヒーの香りが好きらしい」という認識が行き渡りつつある。緘口令は敷かれていないものの、城下への公表もされていない。
軍関係者なら知っている可能性は高い。
フェンス傍の行き止まりまで来た。
ひゅうっと風が吹いて、ルネは麦わら帽子の白い鍔を軽く掴んだ。寒冷地にも遅い初夏が来た。
ぽとっと何かが落ちる音がして目線をアランの背中に戻す。
彼の足元に、黄色い物体があった。
ルネは一瞬「どこかのお宅から逃げ出したカナリアちゃん」だと思った。
小鳥ではなくドラゴンだった。
モンブラン発見時と真逆の感想が漏れる。
「思ったより、小さい……」
小鳥サイズのドラゴンは、円らな瞳でアランを仰いでいた。
正確には彼の手元のコーヒーカップに熱視線を注いでいた。
ランチタイムになった。
士官室に運ばれた素晴らしい給食を前にしながらも、ルネはチラチラとドラゴン達に目線を送った。
白と黄のサイズの違う二体が、床に置かれた一つのコーヒーカップを仲良くシェアしてほわほわしている。
アランは新参の小さな個体を第一印象のまま「カナリー」と名付けた。
「ジョーヌ(黄色)は既にいますので」
「城ドラゴンの中間層の方ですね」
「因みに、正面ゲートの奴はシトロン(レモン)です」
「色のバリエーションが豊富ですね」
「尚、領内のドラゴンに色被りはありません」
「みんなちょっとずつ違ってみんな良いですね。――待ってください。ここにシトロン様を呼ぶべきでしょう」
「言うと思いましたので、今呼び出しました」
アランが言った傍から、窓ガラスがコンコンと鳴った。
振り返ったルネは、モンブランよりやや大きな個体を認めて「確かにシトロンの色だ」と納得した。見ていると唾液が分泌される、食欲をそそる色味だ。
コーヒーカップが一つ追加され、改めて三体でほわほわ。
シトロンは新参の二体と初対面の筈なのに「君達、誰?」という反応をしなかった。「よ」という感じ。
ルネは確信と共にアランを見た。
ドラゴン・マスターの魔法は、異なる二つの一族同士――大公家といちドラゴン・ファミリーとの間で交わされた専属契約なのだから、
「領内のドラゴン様方は、ファミリーですよね?」
優雅にカトラリーを操りながら、アランは簡単に頷いた。
「発生場所と時期に差はあれど、親は同じですね」
「ひょっとしなくても閣下は最初からご存知だったのでは? カナリーちゃまがここにいると」
「ちゃまはよしなさい。無駄に喜んでいるでしょう。――貴女の推測は一部正解です。私がカナリーの存在を知ったのは昨晩です。マスターが探れば凡その位置は掴めます。そして結論から言うと、のらはカナリーで打ち止めです」
彼の話に、ルネは混乱した。
「探そうと思えばいつでも探せたんですか? では歴代の当主様方は、何十年も何百年も敢えて貴重な戦力を放置してきたって事ですか?」
戦力余裕の辺境伯領は三百年前、王国に併合されている。独立を維持出来なかった理由が分からない。
アランは、食事の手を止めて窓を見やる。ルネに目を戻して切り出した。
「折角ですし、貴女には話しておきましょう。まずドラゴン・マスターを号する者には二つのタイプが存在します――」
この時ルネは初めて、アランのようにドラゴンの声を聴く者が稀であり、真のドラゴン・マスターなのだという事を知った。
真のドラゴン・マスターは、領内のドラゴン達を全て把握出来る。
三百年前の「ラスト・ドラゴン大公」もまたアランと同じく声を聴く者で、大公国史上二人目となる真のマスターだった。
「ドラゴンの自由意志を尊重する、とルールを定めたのは彼です」
ドラゴンを構ったり、遮ったりしてはならないとした。それが今現在の宗教観として定着している。
「のらへの配慮から定められた法です。ルネ、貴女と同じように大公も危惧した訳です」
「幼いドラゴンが、うっかりダメな人について行かないように、ですね?」
「そうです。大公は古生物学に通じた獣医師でもありましたから大変ドラゴン想いの人物だったんです。私とは大違いですね」
「十人十色ですね」
「いい返しですね。――彼はまた、外の世間が抱くドラゴンの悪いイメージを払拭せず利用しました。恐がらせる事で人間を遠ざけたんです。丁度王国との併合時期だったので他国民への警告として効力を発揮しました」
「悪意ある外国人とかにちっちゃいドラゴンを誘拐されたら大変ですもんね」
「そんな輩は返り討ちです。犯罪抑止はむしろ人間を守る為です。万一、無垢なドラゴンに何かあれば領土内の物騒な安全装置が起動します」
「物騒な安全ってなんだか変な言葉ですね」
「異常を察知した他のドラゴンどもが出動します」
「瞬く間に火の海になりますね。なるほど、物騒な安全です」
「覚醒済みのドラゴン同士は意識が繋がっています。モンブランのコーヒー自慢がその一例です」
「モンブラン様ったら、そんな事してたんですか」
「幼いですからね」
ルネは諸々納得した。
話に熱中するあまり、給食後のコーヒーが少々冷めかけている。
教科書に載っていない真相はこうだ。
ラスト大公は、ドラゴンと領地の将来を見据えて王国との併合に同意した。
小さな国家のままではいつか疲弊し、行き詰ると考えた。防衛戦に勝利しても敗北同然のダメージを負うのでは益が無い。
それで戦闘を回避し、王国に借りを作った。花を持たせた。優位な立場で負けた。
王家は、だから借りのあるドラゴン辺境伯領を軽んじない。併合の成功無くして王家の現存はなかった。
大陸全土が伝染病やら何やらで大変な時代だったのだ。
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