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43 マザー
しおりを挟む三百年前――。
ドラゴン大公国のラスト大公は、集まったカラーパレットを見回した。
「今日から私もお前達も辺境伯軍であり、栄えある王国の一員となる」
カラフルな顔の中で円らな瞳が「へえ」とか「ふうん」とか言う。
最古参の一体ノワールが「王」を仰いだ。七百歳のノワールにとっても初となる会話可能なマスターは、正しくドラゴンの王である。国が地域に変わったのは人間の都合に過ぎない。認識も呼び名も変わらないし、変えない。
「我が王よ、大胆な舵を切った真意は何だね?」
「ん、脳内を読み取れないか?」
「シャットされていてはね」
「すまん。深い意味はなかった。この頃ごちゃごちゃと考えていたから、伝わってはお前達を混乱させると思ったんだ」
「お気遣いをどうも」
「真意というかまあ真相だな。――大陸から魔物が淘汰されただろう」
人とドラゴン共通の天敵が、このほど地上から消え去った。
ノワールは細長い首を上下させた。
「実にめでたい。頑張った甲斐があった」
「ああ。ドラゴン・プラズマ無しに根絶は成し得なかった。長く戦ってお前達も疲れただろうから、王国を敵に回して戦いを長引かせる事もないと考えた訳だ」
カラーパレットらの顔が互いを見、マスターで王の彼に目を戻した。
「これからの敵は賊や他国の軍隊だけ。全て人間」
ラスト大公は苦笑した。
「残念ながらな。だから今後はお前達に選択の自由を与える。戦闘参加は義務じゃない。魔物が消えた今、ドラゴンが人間に加勢する義理は無いんだ」
カラーパレットらは瞬き、のそのそと王に歩み寄った。
「一緒にやるよ」
「時々サボるよ」
「守備に専念するよ」
ラスト大公はそれぞれに頷いた。
「それでいい。みんな好きに生きてくれ。今まで有難うな」
青い空を仰ぐ。
「そういう訳なんで、今後ともよろしく頼む」
ドラゴン・マスターの思念は、カラーパレットらの「マザー」に届いた。
土や大気を通じて、彼女は常に子供達と大公家を観察している。
次世代マスターの決定もマザーの独断で行われる。
概ね大公の長男ながら例外はある。声を聴く者、ラスト大公は次男だった。
帰りの馬車内で、アランはルネに語った。
「ドラゴンは死後、亡骸を残さずミストになって消えます。体内に残留する水分が蒸発するんです」
「文字通りの霧散ですね。でもヴァンパイアの変身と違って、消えた肉体はもう二度と戻ってこない、と」
「ヴァンパイアがミストに化けると今初めて知りました」
「フィクションです」
「知ってます。――ドラゴンの死とは即ち燃料切れです。プラズマの過剰使用で魔力が切れると一瞬石像化し、霧散します。力を温存すれば長生き出来るのかと言うと、それもある意味で正解ではありません。何もしなくても生きているだけで魔力は失われます。人間と同じく寿命はあるんです」
「勝手に彼らは不老不死なのだと思ってました」
「ノワールのような長寿の個体がいては無理もありません。寿命にはかなり個体差があり、やはり人間と同じく本人達にも死期は分かりません」
分からなくて良い。
「保有する魔力は誕生時からマックスが決まっています。プラズマとして使用すれば無論減りますが、睡眠や休息でチャージされます。どれだけチャージしてもマックスにならなくなってきたら、死期が近いと見ていいでしょう」
ルネは片腕でモンブランの首を抱き寄せた。
「私、二度も使わせてしまいました」
「ですから、使わなければ良いという話ではありません。チャージ経験が乏しいと回復に時間を要します」
「私は一体どうすれば……」
「どうもしなくていいでしょう。全く」
そう言って呆れたアランの顔は、笑みに近かった。
車窓から射した午後の陽光が短い金髪と、寛げた白いシャツを照らした。
不覚にもルネは思った。
――相変わらず、色気凄いな……。
男子の色気に興味は無いようで、腕の中のモンブランはうとうとしていた。
嘗て地上には多くのドラゴンが存在した。
彼らは寿命を迎えるか戦場で力尽きるかして霧散した。
その後のプロセスは他の動植物とは全く違う。
土に還らず、各々のマザーのもとへと還る。マザーの個体数も居場所も不明。どこかにいる。
どこかから子供達を見守っている。
「そのマザーこそが魔力の供給源です。各ドラゴンはトラップ装置のようなものなんですよ」
ルネは、一つの疑問を解消した。
人類は、パワープラントで魔石から魔力を得ている。
ドラゴンは、魔石をむしゃむしゃと食べたりしないから体内の構造が謎過ぎた。
見えない供給源と繋がっていた。そこには嘗て地上で生きた兄弟達が力だけになって在り、今を生きる兄弟達を母と共に支えている。
新個体誕生のメカニズムは循環が近いと言う。領内のどこかに不定期で命が宿り、水脈のようにマザーから力が注がれ育つ。
ルネは、モンブランの背で丸まる小鳥サイズの黄色いドラゴンを見た。
「カナリーちゃまも、これからすくすくと大きくなるんですね」
「そうですね。――当たり前のように連れて来ましたね」
「シトロン様が、どうぞという感じで差し出してくれたんで遠慮なく」
「実際シトロンは、どうぞと言ってましたよ」
またアランは呆れていた。
城に戻った二人は、見知らぬ男性の出迎えを受けた。
「見知らぬ」はルネ一人の認識で、アランは鷹揚に相手に顎を引いて見せた。
「お前ですか、二コラ」
「はい。ご無沙汰しております、公爵閣下」
丁寧に一礼したその所作から軍人でない事は分かる。
彼の涼やかな目元にルネは見覚えがあった。確信間際、アランが教えた。
「ステファーヌ夫人の息子です」
やはり、と内心頷いたルネに、二コラは一礼を重ねて「先日は私の身内が大変な不始末を致しまして」と切り出した。
「ルネ様にはどれほどお詫びしても足りません。本当に申し訳ございませんでした」
この謝罪の為に、彼は帰省したとの事だった。
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