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54 手紙
しおりを挟む世間は夏季休暇シーズンを目前に控えていた。
この一週間前。
事実上の公爵夫人から王国各地を治める地方貴族宛に手紙が届けられた。
王都でライターをしていたという彼女は、いよいよ公務に就くにあたり先輩達にこんな依頼をした。
「ぜひ取材させてください」
ローカル新聞で特集記事を組むつもりだと言う。
王家も公認らしい依頼内容に、大半が「別に良いけど」という反応を示した。
取材を受ける場合は、取材料とは別に付録として、風光明媚で名高いドラゴン辺境伯領の湖畔の宿泊券が進呈されると言う。
「ドラゴンの湖」は、避暑地として誰もが一度は訪れてみたい場所の一つだ。
また、取材自体は構わないけれど「遠方なので長距離移動は難しい」という場合は公爵夫人の方から「参ります」との事だった。
「飛んで参りますので、すぐですよ。ご希望の日時をご指定ください」
むしろ「飛んで来るところを見たい」西や南の辺境伯達は、これを希望した。
手紙を受け取った九割の地方貴族達が次々と「諾」と返答していく中、ムニエ伯爵は頭を抱えていた。
「今のタイミングで受けてよいものか。しかし隣人が受けんのでは明らかに感じが悪かろうし……」
東の辺境伯含め、東部の地方貴族にはムニエ伯爵の親戚が多い。
未だ、彼らはドラゴン辺境伯領に色好い返信をしていない。無視しているのではなく「考え中」、「調整中」と返している。
決められないムニエ伯爵には、もう一つ大きな悩みの種があった。
次女のジャンヌが薬の中毒になっている。いつから常用していたのかは分からないが、少し前に摘発された密輸組織の人間から購入していたのは明白だ。
それで屋敷の中は今込み入っている。
とてもじゃないがドラゴン公の婚約者を迎えられる状況ではない。
かと言って領主自らドラゴン辺境伯領に足を運んでは、親戚達の目に「裏切り者」と映ってしまう。板挟みだ。
「何故に我が領ばかりでこうも問題が続くのか」
北の渓谷に山賊が出没した時から可笑しいと思っていた。連中はドラゴン辺境伯領を警戒しているから本来北部に活動拠点はないのだ。
手引きした人間がいる筈なのに、割り出しは出来なかった。
自身も「調整中」と返答していたムニエ伯爵は、迫るタイムアップに焦った。
「……引き延ばしても仕方がない。今より悪くなる事はないのだ」
遂に伯爵は「諾」の返答を隣人に送った。
まさか未来の公爵夫人を、今のごたついた自領に招く訳にはいかないので「そちらに参ります」と返した。
決断の甲斐あって、伯爵は「容疑者リスト」から外れた。
容疑者は「こちらに来てください」にも「こちらから参ります」にも応じられない者達の中にいる、とルネは読んでいた。
二コラに「共犯者は誰だ?」と尋問しても無駄なのだ。フェイク情報で攪乱され、時間と労力を無駄にする。
噓発見器の類も使えない。二コラは機械を欺く。
なにせ彼からは薬物反応が出ていない。つまり薬に頼る事無く、ドラゴン達と対面出来ていた。その実績が物語っている。彼はメンタリスト並みに手強い。
二コラが答えないなら相手の方から名乗り出てもらうしかない。
それで手紙による「選別」を計った。
含むところがなければ普通に応じられる内容だ。王家のお墨付きとあっては、多少面倒でも無下に出来ない事も織り込み済み。
これで絞り込み、あぶり出す。
密かに「国家転覆兵器」の開発を進めているのが誰なのか――。
辺境伯領で大きな花火を上げる、なんて二コラだけの力では無理な計画なのだ。
資金よりスペースの問題がある。それは巨大な破壊兵器の筈だから、組み立て場所と実験場が要る。
巨大な兵器を辺境伯領内に持ち込める訳もない。まず間違いなく飛翔するタイプの兵器だろう。ロケット弾よりも長距離を飛び、狙った座標に確実に落ちる。
二コラが開発に手を貸している事から見て、爆破エネルギーで広範囲の人や物を破壊する類のものではない。
毒を散布しようとする筈だ。
ドラゴン・マスターを抹殺する。血縁者も一網打尽にして「継承」も出来なくしてしまう。
それでドラゴン達は王を失う。頑丈なドラゴンを頑張って抹殺する必要はない。
王を失うと、ドラゴン達は「どこか」に消える。嘗て栄えて滅んだ亡国の歴史が示す通り、地上から姿を消すのだ。
「――分かっておらんな」と王都の王太子は呆れた。
「ドラゴンという盾と矛を失えば、危機に晒されるのは我が身だと言うのに」
大陸最大の北の巨大国家が軍事政権による独裁を続けている。
革命の名の下に皇帝という支柱を自ら圧し折り、国は混迷を極めつつある。暴動が各地で起こっている。空中分解は時間の問題だ。
外国の事でも他人事ではない。外に膨らむであろう悪影響が自国に及ばぬよう、食い止める力が要る。
「ドラゴンがおればそれだけで抑止力になる。滅ぼしてどうする」
軍事面で楽が出来る。実際、出来ている。大陸の先進国で、未だ兵役を排していられているのはこの王国のみだ。
「分かっておらんな」と繰り返し、王太子は手にした書類をデスクに放り投げた。
今しがた、容疑者リストから反逆者を特定した。
東の連中だった。まあ、予想通り。
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