彼女は思い出せない

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23 密談

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デジレは茶器を持って縁側に向かい、胡坐を掻いた背中の後ろで膝を揃えた。
読書中のアシルは床に置かれた湯呑を振り向き「サンキュ」と笑む。
高貴な彼だが気取らず偉ぶらない。日向で本を読む姿は普通の青年にしか見えず、物騒さの欠片もない。
会釈で応えたデジレは、立ち去ろうとして留まった。

「殿下」
「ん」
「お帰りにならないのですか」
「帰るぞ、お前とな」
「ですが私は、」
「記憶喪失は問題じゃない。これから俺を知ってくれ」
「私に拘る事もないかと」
「お前に拘る。お前が好きだからな」

この話は三度目で、毎度ここで躓く。
けれど今日のデジレは手札を持っていた。

「殿下はご結婚されていますよね」

ついさっきアンに聞かされるまで彼の既婚を知らなかった。「うっかりしていました」とアンは申し訳なさ気にしていたけれど、彼女には何の責任もない。
アシルは本を閉じ、体ごとデジレに振り返った。

「離婚手続きを進めている」
「島にいながら?」
「島にいながら仕事もしている。容易い」

彼はリモートワーク中だ。近海に停泊する軍艦が中継基地になっている。
デジレはいまいち納得がいかない。

「今私に指摘されるまで黙っておられたのはどうしてですか?」
「言う必要性を感じなかった」
「後ろめたさでは? 不誠実に思えます。私ではなくお妃様に」
「妃を得たのには海溝よりも深い理由がある。説明するからその見下すような目は止めてくれ。傷付く――事はないが妙な興奮を覚える」
「通報します」
「お前、本当はそういうキャラだったんだな。記憶喪失になった事で色んな束縛から解放されて、のほほんとした島暮らしを続ける内にこれまで出せなかった一面が表に出てきたんだろう」
「がっかりされましたか?」
「惚れ直した。結婚してくれ。返事は急がなくていい。なにせお前は生きている。俺はいつまででも待てる」
「…………」

毎度の決め台詞に、デジレの口から細い嘆息が零れた。
彼を理解出来ない。思い出のないデジレでは共感出来ない。
話が噛み合わない。



彼の、海溝よりも深い理由とやらは一応理解した。
義兄妹になる事でパーヴォの庇護下にデジレを入れた。
でも感想は、あまり変わっていない。

「やはり不誠実ですよ。私の異母姉という人に」

台所に立つアンの隣に並び、デジレは不満気味に告げた。
おやつを準備中のアンはチラリとデジレを見た。

「アシル王太子殿下について、デジレにお伝えしなければなりません」
「何です? 改まって」
「昨晩、私とミコはある重大な秘密を殿下と共有致しました」
「そう言えば私がお風呂にいる間、三人で集まってましたよね。ハブられた事なら気にしてませんよ、気にしてますけども」
「ハブにして申し訳ありませんでした」
「私が聞いてはいけないお話だったのでしょう」
「お身内であるデジレに伏せるか否かは殿下のご判断になります。ただ、密談を通して私もミコも悟ったのです。殿下は信用に足る、筋の通ったお方であると」

デジレは瞬いた。
これまで、どちらかと言えばアンはアシルに懐疑的だったと思う。

「あれですか。札束ビンタ」
「私を懐柔するにはマネーだけでは足りませんよ」
「ごめんなさい。言ってみたかったんです、札束ビンタと」
「だと思いました。下種な言葉と無縁の生活を送っていた反動でしょうね」

それはさておき。

「私は殿下にならデジレをお任せ出来ると信じています。それを頭の片隅に入れた上で、デジレにはあの方と向き合って欲しいのです」
「……何事においても点の辛いアンにそこまで言わせるなんて、密談というのが気になってきました」
「そこは後回しで良いので、ぜひ殿下を気にされてください」

いや密談の方が気になる。
デジレは人知れずそわそわしていた。



昨晩――。

デジレのバスタイムに合わせて、コウの書斎に三人が顔を揃えた。
アシルに対して説明責任があると判じ、アンが話し合いの場を持った。

「デジレの記憶喪失は私の麒麟によるものです」
「お前がウィナーである事には気付いていた」
「我が国では麒麟憑きと呼ばれる者です。大陸から船でワ皇国列島に渡ってきた一族の末裔でして」

東洋史はほどほどにしてアンは本題に入った。

「麒麟の能力に付随し、デジレに対して使用されたキグナスの能力についてもお話し致します」

キグナスの高等応用技、対象者の脳にパルスを送って「死の呪い」をかける。海難事故の真の原因がこれであった可能性についても、アンは説明した。
それほど日を置かずに真実を打ち明けたのは、デジレの生存を知るやアシルがすんなりと戦争状態を解いたからなのが大きい。
そして人見知りのコウが彼に懐いている。アシルの人格は健全そのもので、エゴの為に平然と大量殺人を行った前王太子アレクサンドルとは違う、と判断した。
少々一途が過ぎ、危うさは目立つ。とはいえそれはアンが嫌う類のものではない。一途の対象がデジレだから点が甘くなるのは致し方ない。

話すべきを話し終えたアンは、熟慮に耽るアシルを見詰めた。
今の彼にキグナスの応用技は使えまい。彼にアレクサンドルほどの脳科学の知識はない筈だ。

――呪いは無理。

奇跡のミーティアだが、文明文化ありきである。
ミーティアの側から人に「こうしたらいいよ」と助言や提案が齎される事はなく、間違いが正される事もない。
前ウィナーのプライバシー保護も理由はそこ。楽をさせない為に、故人の個人情報を継承させない。常に人に学ばせ、考えさせている。

――手厳しい教師のようだ。

アシルの目線が上がり、アンを直視する。
アシルは言った。

「キグナスの能力をダンプする」

アンもコウも唖然とした。
ダンプ――どしゃっと捨てる、だ。





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