彼女は思い出せない

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誰がこれを言ったのだったか。
その人物を知りたければ、本人でなく周りの人物を見ればいい。

デジレは、先月のアフタヌーンティ・イン・ビーチを想起した。
そこでアシルから単細胞で煩いバカだった頃のエピソードを色々と聞いた。
「こんな戦闘に参加した」とか「こんな勲章を持っている」とか言われるよりも遥かに心に刺さった。
大国の王太子であるにも拘わらず、アシルは飾らず偉ぶらない。彼の周りには子供らが蟻んこみたくわらわらと集まって「アシル、アシル」と懐く。
最近では島民らも彼に心を開いている。
ある強風の日、海から引き上げ途中の大型ヨットが岸で横転する事故があった。聞き付けるや現場に駆け付けたアシルは、島民らと掛け声を合わせて倒れたヨットを起こし、ヨット小屋までの移動作業まできっちり手を貸した。

彼はアッパー・ミーティアのフェニックスを持つと言う。つまり力仕事に加勢する以上の超ミラクルが起こせた。
敢えてそれをしなかったのは、過度な助力が島民らから「経験」を奪うと知っていたからに他ならない。
ヒーロー的なパフォーマンスは彼の眼中にない。海軍で培った気質だろう。協力を惜しまず、共に苦労する事を厭わない。呼吸と同じくらい当たり前過ぎて最早「これくらい当然だ」とすら考えない。
そういう姿勢は一朝一夕では身に付かない。無意識の行動こそ本質が出て、誤魔化せない。
思えば帝国の皇太子は、明らかにアシル寄りの言動をしていた。可愛がっていた。
アシルの本質は、見聞きした通りでいい。

――まあ、一度は彼に惹かれたそうだから。

彼が、デジレのアンテナに引っかかる何かを持っている事は確か。
そう遠くない未来に彼は王になる。彼が作る国に興味が湧いてきた。

エリクが受験日を迎えたその日。
デジレは、縁側のアシルに切り出した。

「貴方の国がどうなるのか見てみたいです」

思い出がないので故郷への思慕も当然ない。
単に、今後のアシルの動向が気になるのだ。

「こんな理由で帰国してもよろしいでしょうか?」

アシルは手にしていた本を床に落とし、惚けた目でデジレを直視した。

「俺と、帰ってくれるのか?」
「はい。あと私、アンの影響を激しく受けておりますので結構点が辛いですよ」
「そんな事……お前、――」

急な展開に彼は驚き、言葉を探している。
デジレの方は、数日前から帰国を決断していた。
さすがにアシルを島に引き止め過ぎている。どうあってもデジレはパーヴォ国民なのだし、先延ばしにした方が後々面倒になる。帰国するなら早い方が良い。
私塾はコウとアンが引き継いでくれる。帰国後に人材を募る事も出来ると思う。温暖な島暮らしを満喫しながら教員ライセンスを得る実習システムはどうだろう。個人では難しくとも、国家ならきっと適性者を見付けてくれる。女帝にも提案してみるつもりだ。

ふとアシルの手が浮いて、デジレの方に伸ばされた。
正座の上に揃えられた指先に触れる寸前、彼は我に返ったように止まる。無意識の行動だったらしい。

「――、すまん。気色悪い事をした」
「いいえ。どうぞ」

アシルは「いいのか」という目でデジレを凝視する。
デジレは頷いて見せた。

「皇室専用船でも殿下は私の手を取られてましたね。その時、私は初対面である殿下の事を嫌だとは思いませんでした。むしろ懐かしい、この手を知っているという風に感じていました」

話す間に、彼の手はデジレの指先に触れていた。

「デジレ、本当にいいんだな?」
「はい。ただ、お城に帰ったところで記憶喪失の私に、いえ、たとえ記憶喪失でなかったとしても大層なお仕事が出来るとは思えませんが」
「そんな事はいいんだ。お前が無理をする必要はない。何も心配するな。全部俺がやる。俺がお前を守る、必ず」
「それほど過保護になられなくても私は大丈夫です。メンタル面にはちょっと自信があります。専用船で対面した際も、殿下にはそれはそれは冷たい態度を取って頂きましたがノーダメージでした」
「もうすまんとしか……」
「ノーダメージへの謝罪は結構ですよ」

いつの間にか彼の手はデジレの指先を緩く掴んでいた。
アシルはデジレを見詰めた。

「ありがとな、デジレ。――有難う」

言葉に詰まった後、デジレは「……お礼を言われるような事では」と答えた。
「守る」よりも「有難う」の方が刺さるワードだった。

恐らく、以前の自分は彼の役に立ちたいと思っていたのではないだろうか。守られるより守りたかった。それで今、不思議と心が弾んでいる。
キリンによる処置を介し、アンはデジレの記憶を垣間見たらしいから、彼女に訊けば当時の心情なり少しは分かると思う。
分かっても、消えた心は戻ってこない。
人生の一大事を経てデジレもアシルも変わった。成長して駒を進めた。元通りにはならないし、引き返す事に意味も価値もない。

前に進む。新たに築いていく。



遠いパーヴォ城内では、急報が駆け巡っていた。

「じきに我らがアシル王太子殿下が城にご帰還される。――聞いて驚け、スールト伯爵家の次女デジレ様を伴ってのご帰国だ!」

この一報に最も盛り上がったのは、アシルと距離の近い軍部だった。
デジレの死で変わってしまった彼を陰ながら憂いていた者達は、泣いたり笑ったりと顔が忙しかった。

「デジレ嬢はご存命であられたのか!」
「めでたい! 実にめでたい! 殿下万歳!」

そして王城からほど近い王立学術アカデミーのフェロー(研究員)、オデットの耳にも報は入っていた。

「生きてたんだ、デジレ。そう、そうか……、まあ――知ってたけどね!」

茫然としていたかと思えば急にドヤり出したオデットに、同僚達は閉口した。新参である彼女のキャラクターにまだ不慣れで、反応に困った。

歓喜の一団が王都の大半を占める中、憤る者もいた。

「生きてるとか、何の冗談よ!」

デジレの異母姉アンドレは、自室で地団太を踏んでいた。
先月、突如アシルから離婚の書面を突き付けられ大いに混乱した。
デジレの存命が理由の全てだったのだ。アシルにアンドレはもう必要ない。

「わたくしは認めないわよ!」

とはいえ、一度成立した事は覆せない。
長々と離婚を拒絶していたら先週、遂に「王命」が下された。
従えば離婚で、従わねば不敬罪、反逆罪諸々で処されてしまう。
従うしかなかった。離婚後、城を追われ、実家に逆戻りして今に至る。
アンドレは考え続けた。
地団太を踏む以外に出来る事を、何か――。





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