25 / 69
25 砂浜
しおりを挟む午前中。
アシルは、島の子供連中を前にしていた。
「――季節が巡る理由を説明出来る者はあるか?」
一人が威勢よく短い手を上げた。
「春の神様とかがいるからあ、ですう」
「違うよう。精霊がいるからあ、ですう」
反論を機に、神VS精霊の戦いが勃発した。
アシルは「ああ悪いな、お前ら」と言って二つの陣営に割って入った。
「正解は、地軸が傾いているからだ」
「意味が分かりませえん」
「このイカす模型を使って説明する」
「わあ、手作り模型ですう。有難う、ですう」
「礼は制作者のコウに言え」
「有難う、――コウはどこ、ですう?」
「テンプルで書道中だ」
ふと気配を察し、縁側の先に目を向ける。
遠い門柱の陰から教室を窺っているデジレの姿があった。
笑みを閃かせたアシルは、そのまま固まる。
遠目にもデジレの表情が「ギリィ」となっているのが分かった。
宇宙一想っていても伝わるとは限らない。根気と時間とチャンスが要る。
「望むところだ」
なにせデジレは生きている。どうとでも頑張れる。
アシルには感謝している。
彼が教室を引き受けてくれるお陰で、デジレは受験生に付きっ切りになれる。
受験生こと造船所の息子、エリクは理数を得意とする一方で大きな弱点もあった。
歴史が嫌いで、外国語は壊滅的。
それら科目に興味を示さない。歴史に至っては「終わった事じゃん」と言う。
「だって年表見てよ。なんとかの戦いだらけ。人類は黒歴史を繰り返してるよ」
「だから過去から学びましょうね、と言っている訳です学校側は」
「こんなん絶対覚えられないい」
「語呂合わせとか駆使して暗記しましょう。好きな事と結び付けるのも有効です。この法則が発見された年に何の戦いが起こっていた、とかね」
「死ぬう」
彼の気持ちはデジレにも分かる。
大ドラゴン帝国本土は、とにかく城が多い。領土争いが絶えなかったって事だ。年表がなんとかの戦いだらけになるのも無理はない。
仕舞いにはエリクは「昔の人はズルい」と不満を垂れた。
「だって年表短い。覚える事少ない」
仰る通り。デジレは同意した後、彼に言い聞かせた。
「大帝国の一員である以上、ご先祖様の行いを知らないは通じません。有名どころを軸に覚えていきましょう」
「死ぬう」
家庭教師の時間中、エリクはずっと死んでいた。
午後三時前、授業終了。
エリクが散歩を兼ねてデジレを送ると申し出た。
彼のストレスを憐れみつつデジレは頷き、揃ってエリク宅を後にする。
道に出ると、こちらに向かって来るアシルの姿があった。
「デジレ、迎えに来たぞ」
デジレの「いいのに」という呟き声と、エリクの「アシルう」という悲鳴のような呼び声が被った。
だだっとアシルに駆け寄ったエリクは、彼の腕に縋り付いた。相当懐いている。
「デジレ先生が全然理数をさせてくれないんだよう」
「それは当然だ。出来る事をしてどうする」
「そうだけど歴史つまらないよう」
「悪いが共感出来ん。俺は戦史が好きだ。外国語もこの通りだ」
「どうやってそうなれたのお」
「ガキの頃仕込まれた。つまり苦手になる前に済ませた」
「うええ、参考にならないい」
泣き付くエリクの茶髪を、アシルの大きな手がうしゃうしゃと撫で回す。
ふとこちらに目をやったアシルは、次に硬直した。
多分デジレの顔が「ギリィ」となっているのだろう。実際奥歯に力が入っている。
彼には感謝しているけれど悔しいものは悔しい。
家に着くや、アシルが「砂浜に行かないか」と言い出した。
「今日は波も風も穏やかだし、気分転換になるぞ」
「そうだね」と頷いたのはコウだった。
コウが行くならアンも行く。
三人の目が集まり、デジレも「そうですね」と頷くしかなかった。
三時のお茶とおやつの容器をバスケットに詰めて屋敷を出る。緩い坂道を右に左に下った先には大海原が広がっていた。
嵐の時期が近い。徐々に天候は不安定になり穏やかな日和は減る。
砂浜にラグを敷き、四人は並んで座った。飲食を挟んでは海を眺める。
「西から見る海も良い」
ここから東側の大陸で暮らすアシルの感想に、デジレはまた「そうですね」。
嘗ての自分にも身近な海があった筈だけど、もう思い出せない。馴染みの海は眼前の海だけになった。
アシルには感謝している。「思い出せ」とは決して言わない。
発言に困る事はあっても、不愉快にさせられた事は一度もない。
「――前からそんなでした?」
不意に出た隣の声に、ん、とアシルが反応してデジレを見た。
デジレは今更過ぎる事を訊いた。
「殿下は気さくな方です。子供達にも大変人気で……」
「普通の顔で褒めてくれ。――いや、俺はガキの頃から単細胞で煩いバカだった。今もあまり変わっていないと自分では思う」
「単細胞? 信じられません」
「俺を知る奴なら皆そう答える。国の奴らとか、こっちの皇太子とかも俺のバカさ加減をよく知っている」
謙遜ではなさそうだ。
デジレの仰天に苦笑し、アシルは海に顔を向けた。
「お前にも煩く付き纏って散々迷惑をかけていた。お前は優しく出来た令嬢だったから、バカで価値のない第三王子の俺を認めてくれたけどな」
デジレは惚けた。
静かに語っている今のアシルから、煩い子供とやらが全く想像出来ない。
先日、彼は私塾の代打を申し出た。その際「以前は教師スキル皆無だった」と申告があったので、デジレは初回の教室をそっと見守った。
監視は取り越し苦労で、彼の授業風景は文句の付けようがなく、デジレは奥歯を噛み締めただけだった。
アシルの苦笑が、海からデジレに戻った。
「付き纏っているのは今も同じか。だがまあ、これが俺だ」
許せよ、と言って彼は再び海を見やった。
デジレは惚け続けた。
コウとアンは空気に徹していた。
174
あなたにおすすめの小説
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
王子様への置き手紙
あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたにはもう何も奪わせない
gacchi(がっち)
恋愛
幼い時に誘拐されそうになった侯爵令嬢ジュリアは、危ないところで知らない男の子に助けられた。いつか会えたらお礼を言おうと思っていたが、学園に入る年になってもその男の子は見つけられなかった。もしかしたら伯爵令息のブリュノがその男の子なのかもしれないと思ったが、確認できないまま最終学年になり仮婚約の儀式が始まる。仮婚約の相手がブリュノになれば話せるかもしれないと期待していたジュリアだが、ブリュノと対になっていた札を伯爵令嬢のアマンダに奪われてしまう。アマンダにはずっと嫌がらせをされていたが、まさか仮婚約まで奪われてしまうとは思わなかった。仮婚約の相手がなく、孤立するジュリア。そんな時に声をかけてきたのは隣国からの留学生だった。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる