彼女は思い出せない

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25 砂浜

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午前中。
アシルは、島の子供連中を前にしていた。

「――季節が巡る理由を説明出来る者はあるか?」

一人が威勢よく短い手を上げた。

「春の神様とかがいるからあ、ですう」
「違うよう。精霊がいるからあ、ですう」

反論を機に、神VS精霊の戦いが勃発した。
アシルは「ああ悪いな、お前ら」と言って二つの陣営に割って入った。

「正解は、地軸が傾いているからだ」
「意味が分かりませえん」
「このイカす模型を使って説明する」
「わあ、手作り模型ですう。有難う、ですう」
「礼は制作者のコウに言え」
「有難う、――コウはどこ、ですう?」
「テンプルで書道中だ」

ふと気配を察し、縁側の先に目を向ける。
遠い門柱の陰から教室を窺っているデジレの姿があった。
笑みを閃かせたアシルは、そのまま固まる。

遠目にもデジレの表情が「ギリィ」となっているのが分かった。
宇宙一想っていても伝わるとは限らない。根気と時間とチャンスが要る。

「望むところだ」

なにせデジレは生きている。どうとでも頑張れる。



アシルには感謝している。
彼が教室を引き受けてくれるお陰で、デジレは受験生に付きっ切りになれる。
受験生こと造船所の息子、エリクは理数を得意とする一方で大きな弱点もあった。
歴史が嫌いで、外国語は壊滅的。
それら科目に興味を示さない。歴史に至っては「終わった事じゃん」と言う。

「だって年表見てよ。なんとかの戦いだらけ。人類は黒歴史を繰り返してるよ」
「だから過去から学びましょうね、と言っている訳です学校側は」
「こんなん絶対覚えられないい」
「語呂合わせとか駆使して暗記しましょう。好きな事と結び付けるのも有効です。この法則が発見された年に何の戦いが起こっていた、とかね」
「死ぬう」

彼の気持ちはデジレにも分かる。
大ドラゴン帝国本土は、とにかく城が多い。領土争いが絶えなかったって事だ。年表がなんとかの戦いだらけになるのも無理はない。
仕舞いにはエリクは「昔の人はズルい」と不満を垂れた。

「だって年表短い。覚える事少ない」

仰る通り。デジレは同意した後、彼に言い聞かせた。

「大帝国の一員である以上、ご先祖様の行いを知らないは通じません。有名どころを軸に覚えていきましょう」
「死ぬう」

家庭教師の時間中、エリクはずっと死んでいた。



午後三時前、授業終了。
エリクが散歩を兼ねてデジレを送ると申し出た。
彼のストレスを憐れみつつデジレは頷き、揃ってエリク宅を後にする。
道に出ると、こちらに向かって来るアシルの姿があった。

「デジレ、迎えに来たぞ」

デジレの「いいのに」という呟き声と、エリクの「アシルう」という悲鳴のような呼び声が被った。
だだっとアシルに駆け寄ったエリクは、彼の腕に縋り付いた。相当懐いている。

「デジレ先生が全然理数をさせてくれないんだよう」
「それは当然だ。出来る事をしてどうする」
「そうだけど歴史つまらないよう」
「悪いが共感出来ん。俺は戦史が好きだ。外国語もこの通りだ」
「どうやってそうなれたのお」
「ガキの頃仕込まれた。つまり苦手になる前に済ませた」
「うええ、参考にならないい」

泣き付くエリクの茶髪を、アシルの大きな手がうしゃうしゃと撫で回す。
ふとこちらに目をやったアシルは、次に硬直した。
多分デジレの顔が「ギリィ」となっているのだろう。実際奥歯に力が入っている。
彼には感謝しているけれど悔しいものは悔しい。



家に着くや、アシルが「砂浜に行かないか」と言い出した。

「今日は波も風も穏やかだし、気分転換になるぞ」

「そうだね」と頷いたのはコウだった。
コウが行くならアンも行く。
三人の目が集まり、デジレも「そうですね」と頷くしかなかった。
三時のお茶とおやつの容器をバスケットに詰めて屋敷を出る。緩い坂道を右に左に下った先には大海原が広がっていた。
嵐の時期が近い。徐々に天候は不安定になり穏やかな日和は減る。
砂浜にラグを敷き、四人は並んで座った。飲食を挟んでは海を眺める。

「西から見る海も良い」

ここから東側の大陸で暮らすアシルの感想に、デジレはまた「そうですね」。
嘗ての自分にも身近な海があった筈だけど、もう思い出せない。馴染みの海は眼前の海だけになった。
アシルには感謝している。「思い出せ」とは決して言わない。
発言に困る事はあっても、不愉快にさせられた事は一度もない。

「――前からそんなでした?」

不意に出た隣の声に、ん、とアシルが反応してデジレを見た。
デジレは今更過ぎる事を訊いた。

「殿下は気さくな方です。子供達にも大変人気で……」
「普通の顔で褒めてくれ。――いや、俺はガキの頃から単細胞で煩いバカだった。今もあまり変わっていないと自分では思う」
「単細胞? 信じられません」
「俺を知る奴なら皆そう答える。国の奴らとか、こっちの皇太子とかも俺のバカさ加減をよく知っている」

謙遜ではなさそうだ。
デジレの仰天に苦笑し、アシルは海に顔を向けた。

「お前にも煩く付き纏って散々迷惑をかけていた。お前は優しく出来た令嬢だったから、バカで価値のない第三王子の俺を認めてくれたけどな」

デジレは惚けた。
静かに語っている今のアシルから、煩い子供とやらが全く想像出来ない。
先日、彼は私塾の代打を申し出た。その際「以前は教師スキル皆無だった」と申告があったので、デジレは初回の教室をそっと見守った。
監視は取り越し苦労で、彼の授業風景は文句の付けようがなく、デジレは奥歯を噛み締めただけだった。
アシルの苦笑が、海からデジレに戻った。

「付き纏っているのは今も同じか。だがまあ、これが俺だ」

許せよ、と言って彼は再び海を見やった。
デジレは惚け続けた。
コウとアンは空気に徹していた。





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