彼女は思い出せない

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29 なんとなく採用

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異母姉アンドレは、王妃ディアーヌの「なんとなく採用」のお陰で今日も元気に出勤している。
特に彼女に用事のないデジレは、時々観察などを挟みつつもほとんどアンドレを放置していた。
どうも、それはいけなかった。
図書室からの帰り道、中庭を突っ切る際に侍女の塊を認めた。

「皆さん、どうされたんですか? 何か面白い出土品とか?」

デジレを振り返るや女子の群れがわっと駆け寄ってきた。働き蟻に集られるキャンディーにでもなった気分だ。
キャンディーのデジレに、女子らは口々に訴えた。

「あの方、お仕事全然しません」
「あの方、まだ妃気取りです」
「あの方、上司でも先輩でもパシリにします」
「あの方、侍女の部屋を占領してます」
「あの方、あの方……」

あの方ことアンドレは同僚達の負担になっているようだ。
デジレは眉尻を下げた。

「私の異母姉が、見えないところで皆さんを困らせていたのですね」
「ごめんなさい。ついデジレ様にお縋りしてしまいました。異母姉なんて他人も同然ですのに」
「果たしてそうでしょうか」
「以前のデジレ様にはこんな気楽に相談とか出来ませんでしたから、余計に。でも嬉しいです。お話し出来て大分スッキリしました」
「スッキリしても皆さんの問題がそのままでは意味がありません。ちょっと私から異母姉に話してみますね」
「お手数をお掛けします。……大体、変なんですよ。元王太子妃が侍女だなんて普通じゃありません。採用を決めた王妃殿下も変ですけど、雇用を願い出たあの方は相当変です。絶対何か良くない事を企んでますよ」
「私もそう思って警戒してましたが、今日まで何も起こってません。どういう事なのでしょうね」

もしや何もしない事こそが、アンドレの企みなのだろうか。いや、侍女らは迷惑を被っているから何もしていないとは言えないのだけれど。
デジレはとりあえず一人で部屋に戻った。そこで、何故かソファーで寛ぐアンドレを発見した。

「……制服姿でそれはないでしょう、お姉様」
「あら戻ったの。貴女がわたくしに何のオーダーもしないからちょっと暇を持て余してますの」
「他の皆さんはお忙しそうですよ。加勢されては?」
「どうしてわたくしがあの子達と一緒に労働しなきゃなりませんのよ」
「お姉様? 今着用されているのは侍女の制服ですよ? お分かりですか?」
「わたくしはわたくしにしか出来ない仕事をすべきなのです」
「お姉様にしか出来ないお仕事? 何ですそれは。私にも誰にも伝わっていませんので、どうかご教授ください」
「貴女もとくとご存知の通り、わたくしには高い教養と妃として城暮らしを送った素晴らしいキャリアがありますの。だからそれらを活かすべきなのです。わたくしは特別なのですから」
「特別というより特殊です」

色々と特殊なアンドレをまじまじと観察する。ふざけている訳ではなさそうだ。
ふん、と鼻を鳴らしたアンドレは、観察中のデジレを笑った。

「解雇は無理でしてよ。わたくしの採用は王妃殿下直々のご決定ですからね」

ふと、デジレは良い事を思い付いた。

「いっそ王妃殿下にお仕えしては?」

これなら侍女達に平和が戻るし、アンドレも暇を持て余さずに済む。
アンドレは苛立った目でデジレを睨んだ。

「だったら貴女から王妃殿下にそう仰るのね!」

そうする事にして、デジレは踵を返した。部屋を出る前、アンドレには「せめてお部屋のお掃除をしててください」と彼女の望み通りオーダーを与えておいた。

王妃ディアーヌは毎度の温室にいた。
背の高い彼女の後姿に、デジレはアンドレの件を切り出した。

「姉も敬愛する王妃殿下にお仕えする方が幸せかと」

ディアーヌは背中で答えた。

「それではつまらないわ」

異母姉の雇用は、つまるとかつまらないとかの問題らしい。
この状況を楽しんでいるのだろうか。デジレを困らせたいのだろうか。それは他の女子達を巻き込んですべきイベントなのだろうか。
デジレは声にせず唸った。

「ハッキリと申し上げます。私に姉の手は必要ありませんし、姉から教わる事もありません。居座られても私は構いませんが、侍女達が困っています。見えないところでストレスを抱えて、酷い職場環境になっているようです。採用を決められたのは王妃殿下です。どうか姉を引き取られてください」

引き取れないなら責任を持って解雇して欲しい。
最後まで言わずに、デジレはディアーヌの返答を待った。
暫く黙り込んだディアーヌは、長い首を少し傾けて言った。

「それではつまらないわ」

やはり異母姉の雇用は、つまるとかつまらないとかの問題らしい。
デジレはがっかりと嘆息して、回れ右をした。

「分かりました。では不本意ながら、より上の方にご相談させて頂きます」

アシルか、国王か。アシルは今忙しいから、暇な国王を煩わせるのがいい。彼の審美眼と権力は本物だ。
するとディアーヌの顔が微かに振り返った。

「おやめ。それではつまらないわ」
「……王妃殿下におかれましては、さきほどから同じご回答ばかり。私には最早なす術がありません」
「お前はなす術など一つも取っていない」
「こちらにお願いに上がっておりますが」
「私に乞う前にすべき事がある。何も見ていないから気付いていないだけ」

ディアーヌにしては随分と頑張って口を動かしてくれた。
有難いけれど、デジレには困惑しかない。

「一体、何を見て気付けと……」
「気付かないならもういいわ。今週いっぱいでアンドレは解雇する」

やはりデジレには困惑しかなかった。
光が見えたとはいえ解決してはいない。モヤモヤした。





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