彼女は思い出せない

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35 外交

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初夏の日曜日。
パーヴォ城には、国際色豊かな顔ぶれが集結していた。
近隣諸国の要人達だ。彼らは本日開催「新王太子ご挨拶の会」に招待され、海や山を越えて来た。

アシルは、先月ディアーヌから指摘された「諸外国からどう見えてると思って?」を聞き流さなかった。
長らく外国暮らしをしていたデジレからも「顔出し必須」と念を押された。
なにせアシルはフェニックスを手に帰国し、その直後にクーデターを起こしてキグナスと王太子の座を手に入れ、かと思えば海峡に大艦隊を布陣させている。
国外の連中からすれば物騒な輩以外の何でもない。得体が知れなさ過ぎる。
デジレはこう指摘した。

「殿下の大艦隊イベントで、帝国は号外が飛び交う大騒ぎになりました。周辺国も似たような状況だったに違いありません。インパクトを与えておきながら何の手も打たれないのでは、いたずらに周囲を不安にさせるだけで良い事は一つもありません。不安は情勢悪化のトリガーになります」

今から凡そ二百年前、王国の統治者は内気な王だった。飢饉や戦争が相次ぐ時代で彼は民衆の前にほとんど姿を現さず、寄り添う姿勢を見せなかった。彼の先代、先々代が燦燦と輝く太陽の如く開放的な性質であったから、彼の「内に籠る」性質は悪い意味で際立ち、人心に不安と不満を与えた。
王は散財も不正もしていない。ただ個性に過ぎない内気によって王朝を滅亡の危機に陥れた。滅びなかったのはパーヴォの恩恵であり、運でしかない。王を倒す風潮に発展する前に彼は亡くなり、次の時代が到来した。
それでも彼の統治時代は、国家の谷、と呼ばれている。

「外への発信はとても大事です。あなた方の事をちゃんと気にかけてますよ、という姿勢を示すだけで印象はがらりと変わります。きっとそういうツボを抑えていたのではないでしょうか、アレクサンドルという人は」
「……そうだな」

アシルは頷き、デジレに頼んだ。

「一緒に出席してくれるか」

デジレは笑みで頷いた。

「勿論です。殿下の隣に私がぼんやり立っているだけでも、周囲に与える印象は全然違いますからね」
「ああ、ぼんやり立っていてくれ」
「今のは例えです」

国際的な行事に臨むならばパートナー同伴がやはり望ましい。緩衝材になる。
しかもアシルのように物騒認定されている状況下では尚の事、ソフトな印象をプラスする必要がある。

同伴作戦は上手くいった。
招待客らが昼餐会の席に揃い、最初の皿が供される。食卓に会話が溢れ始めた。
大ドラゴン帝国の皇太子がワイングラスを掲げて「相変わらずパーヴォのワインは世界一よ」と絶賛する。この場で唯一の皇族だ。

「今年のぶどうはどうだ?」

話を振られたアシルは内心「いや知らん」と思いつつ隣を見やる。
デジレは透かさず「各生産者からとても良いと聞いております」と朗らかに対応してくれた。

「気候も良いので、当たり年の樽になりそうです」
「ほう、それは楽しみだ」

ワイン通だか酒好きだかの彼は大喜びし、他国の招待客らと笑みを交わした。
長い食卓を見渡し、アシルは「なるほどな」と感心する。美味い飲食物を用意するだけでこれほど和やかな雰囲気を作り出せる。人心というのは複雑であり単純でもあるようだ。
尚、珍しく国家行事出不精の父王も出席している。本人は豪華ランチ目当てで居座っているに過ぎず、外交には我関せず。ただ、アレクサンドル亡き今、後継がきっちり役割を果たせるか否かの監督はしている。自分が困らない為に。
こんな酒飲みどもの輪にアルノーを参加させる訳にはいかないので、今回は王妃と共に居住エリアで留守番とした。
今のところ外交に差し障りはない。食後は、噴水庭園でのプロムナード(散歩)タイムを経て記念撮影を予定している。
プログラム構成はデジレが手掛けた。頼りになり過ぎて、最早彼女が記憶喪失である事を城の誰もが忘れている。
白々しいお友達イベントでも意味はある。昼餐会の成功がそれを物語っていた。



現国王になってからパーヴォ城を訪ねた外国人は少ない。
アレクサンドルは外交の場として城でなく、離宮やホテルを採用していた。単に自分のテリトリーを踏み荒らされたくなかったのだ。
そういう訳なので今世代の他国の高官らの大半が書籍でしかパーヴォ城を知らず、本物の大運河や大噴水を見た事がない。
観光ガイドよろしく集団を水景施設まで率いてきたデジレが、「はい」と一行を振り返った。

「こちらパーヴォ城名物、パーヴォの大噴水でございます。大きさ、水量共に王都最大規模となっております」

外国人どもは三段のホールケーキみたいな噴水を仰ぎ、孔雀の金ぴか彫刻や水の仕掛けに注目して感嘆を漏らす。
そこら辺の芝生では本物の孔雀もうろうろしている。時折パーヴォが紛れ込んだりするが、ミーティアの可視モードは神々しく光るので偽動物だと一目で分かる。
デジレは続けた。

「ぜひ周囲を一回りして頂き、全角度からご覧ください。書籍の写真でのみご存じの方は大きさに驚かれる事と存じます」

うんうん、とほとんどの顔が頷き、縁に沿ってぞろぞろと歩く。
デジレも、うんうん。

「あまりに大きい為、写真ですと楕円形に見えていたのではないでしょうか。しかし実際にはこの通り、正円形の噴水でございます」

「あ。確かに、勘違いしておった」と皇太子の声が上がる。
デジレが「私も勘違いをしていた一人です」と笑った。
そう言われて皆「あ。彼女、記憶喪失なんだっけ」と思い出した顔になった。





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