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45 報せ
しおりを挟む意外なところから意外な情報が入ってきた。
「デジレが消えた。城外に出た痕跡はなし」と聞き付けた父王が、珍しく気を利かせてアシルのもとを訪ねた。
位置情報を確認したと言う。パーヴォの庇護をすっかり失念していたアシルは、自分がどれほど冷静さを欠いているかを思い知った。
しかし父王は、朗報をくれなかった。
「ある、という感覚のみだ」
「またそれか……!」
位置が特定出来ない。だが逆に確定した。デジレは遠くにいる。城内にはいない。
「そうなのであろうが……」と父王が首を捻った。
「どうも可笑しい。今のデジレは上位ランカーだ。なのに方位すら掴めんとは」
色々気になるが、最大の謎はいつの間にどうやって城外に出たのかだ。
この謎には、父王はすんなり答えた。
「城門を潜らずとも外に出られるぞい」
とんだ後出し情報が齎され、アシルは憤った。
「話せ」
「……そなた、いつになったら余に敬語を使うのだ。余はこの国の王であるぞ」
「さっさと話せ」
襟元を掴まれ、父王は「ぐえ」と呻いた。
余計話せなくなっているのを見て、コウがアシルの袖を引いた。
「折角来てくれたんだから優しくね。後ろでパーヴォがオロオロしてるよ」
肩越しに壁を振り返ったアシルは、可視モードの孔雀と目を合わせた。
確かに落ち着きなく派手な羽を左右に揺らしている。アッパー寄りのロウワー・ミーティアであるパーヴォは戦闘力が高いとは言えない。その代わりミーティア中最も王やその身内に過保護である。
お陰でアルノーもデジレも命を救われた。感謝している。
偽の鳥に毒気が抜かれたところで、アシルは父王を解放した。
「――で、どこから出られる。俺は知らんぞ」
父王は「ふんだ」と鼻を鳴らし、乱れた襟元を正した。
「教えておらんのに知る筈がなかろうが」
「早く言え」
「急かされるのが一番好かん。――どんな城にも秘密の脱出ルートが必ずあるものなのだ。パーヴォ城内にも城外に抜ける道がある」
アシルは眉根を寄せ、コウは首を傾げた。
「陛下、よろしいでしょうか」
「うむ、よろしい」
「その秘密の道をデジレにお教えに?」
「うむ、教えておらん」
アシルは父王を睥睨した。
「ならデジレも知る筈がないだろうが。それとも偶然見付けたのか」
「偶然見付けられる確率はゼロであろう。設計者の天才的な頭脳を出し抜いたのならば話は別だがな」
「……アンタの他に秘密の道を知る者は?」
父王は冷めた目で、上背の勝る第三王子を仰いだ。
「アレクサンドル」
死人の名が出た途端、場の温度が下がった。
父王の案内で、アシルは初めて秘密のルートを知った。
王と王妃の部屋の間にある柱の一つだ。まず床の寄木細工をパズルみたく複雑な操作でトランスフォームし、ハンドルを出す。そのハンドルを回すと、壁の中で連動する歯車が微かに鳴り出し、柱の一部がスライドして壁の中に吸い込まれていく。間もなく潜り戸のような入り口が現れた。
床に目を落とし「ぬ」と父王が言った。
「他の者に使われておるな」
足跡を消しながら歩いた痕跡があった。
アシルの後ろからコウが首を伸ばした。
父王もアシルも小さい野次馬を許している。父王は利発なコウがお気に入りだ。元々ワ皇国文化を高く評価しており、ワ食について「大陸で理解出来る王は余を入れても精々三人である」などと声高に語っていた。
コウが父王の横顔に確認の目を向けた。
「陛下。前王太子と陛下以外に仕掛けを知る人は本当に誰もいないのですね?」
「少なくとも、余はアレクサンドル以外には教えておらん。設計者は故人でその末裔どもは皆城下に住んでおる。全員の所在を確認済だ」
建築家が守秘義務を怠ったとは考え辛い。設計図は城内保管庫だが、盗み見たとして読み解ける人間は限られる。異変があれば関係者が真っ先に疑われるのに、盗みを働いて国外逃亡を計るチャレンジャーがいるとも思えない。雑過ぎる。
第一、何も盗まれていない。消えたのは現王太子の婚約者だ。
「だから」と父王は予想した。
「生前アレクサンドルがデジレに教えたのであろう」
「……何の為にだ」
「それはあれだ、秘密を口説く材料にしたのだ」
「……そんなしょうもない理由か」
「ぬ、しかし待てよ。デジレは記憶喪失であったな。はて。この場合は思い出と知識とどっちの扱いになるのであろう?」
「…………」
知るか、とアシルは声に出さずに言った。
一応通路に入り、城外の出口まで進んでみた。郊外の森に出たもののデジレの姿はなかった。
秘密の道を現国王以外の誰かが使っているのは明らかであっても、国王の最後の使用は五年以上も前だ。記憶があったとてデジレの筈もない。理由がない。
だからアレクサンドル以外には考えられない。何の為にこそこそと城を出入りしていたのか気になるが、死人に口なしだ。
「この件は保留だな」
収穫の無いままアシルは道を引き返した。
城内に戻ったアシルを、またも珍客が待ち構えていた。
「一大事のお報せですのよ!」――と、白い猫が甲高い声を上げた。
防寒力の高そうな毛足の長い大柄の猫はロウワー・ミーティア、ケットシーだ。ただしこれはケットシーの完全武装となる。
ミーティアは、ミーティア仲間か自身のウィナーとしか会話をしない。他の人間に言葉を発しているなら、完全武装中の人間という事だ。
ケットシー・ウィナーこと大ドラゴン帝国第一皇女ヘレンは、アシルを仰いだ。
「極寒の海で海戦勃発ですのよ! うちの皇太子とヨルムンガンドのルトヴィグ王子が応戦してますのよ!」
「北極圏で戦闘だと? 永久凍土の連中が発狂したのか?」
「北の巨大帝国が空中分解した後、無数に湧いた独立国の一つですのよ! ヨルムンガンド領海に艦砲を撃ち込んで来ましたのよ!」
国際イベントが開かれるタイミングで開戦とは、いい度胸をしている。
アシルは舌打ちし、窓ガラス越しに北の空を睨んだ。
「――貴様らに構っている暇はない」
嫁と恩人の捜索で忙しいのだ。
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