彼女は思い出せない

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44 二つの事件

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大袈裟にも程があるヴィヴィアンの反応から、コウは察した。

「ひょっとして、貴女は王族の末裔?」

本当にアンの親戚だった。
惚けたヴィヴィアンに、コウは笑んだ。

「アンの一族が麒麟ごと亡命した後、国は滅んでる。だから取り残されちゃった貴女方ご親戚一同は亡国の民として大陸を彷徨う羽目になった、よね?」
「ど、どうしてそれ……」
「アンの一族の亡命に手を貸したのは、当時国交のあったワ皇国の船だよ」

ヴィヴィアンは惚けた口で言った。

「ホントに、あの女が麒麟を持ってたの?」
「そう。ウィナーなら乗り換えにも納得がいくでしょ? 分家より本家の方が値打ちがあるって思うじゃない」
「は、はああ?」

ヴィヴィアンの雄叫びのような声が応接間を振動させた。
「おい待て」とアシルが低い位置にあるコウの細い肩を掴んだ。

「では何か。王子はこいつらが麒麟国出身だと知っていたって事か」
「彼女が自分で教えたなら知ってて当然だよね。――どうなの、大聖女さん」

コウの目が向くと、ヴィヴィアンは口元を歪めた。

「言ったわよ、私が麒麟憑きだって。でもダンプしたって言ったし」
「不思議だよね。王子は元ウィナーで大聖女である貴女をポイしてアンを連れ去ってる。確実に貴女が詐欺師だと知ってる。ずっと騙されたふりをしていた。――貴女は麒麟憑きでも大聖女でもない。でも麒麟憑きのご親戚には違いない。その貴女を傍に置く為の騙されたふりだった、のかな?」
「はああ? なんで? 何の意味があるのそれ?」
「さっきから疑問ばかりで否定しないよね、貴女。ひょっとしてアンが連れ去られる現場を見てたのかな。彼女を見捨てて、自分だけ助けてもらおうとしてここに転がり込んで来た?」

ヴィヴィアンの口が閉じ、コウは憐れむ目で笑んだ。
「おい待て」と再びアシル。

「麒麟を狙うのは分かる。だから遺産相続権を持つ人間に価値を見出したのだろう。だがこの女がアンの血縁だと知れたのは何故だ?」

系譜学のスペシャリストを雇った筈はない。
コウは「うん」とアシルを見上げた。

「ザリ王子はウィナーなんだと思う。なら当然、アンが同じくウィナーだって気付いたよね。そして彼のミーティアの能力はウィナーの血縁者、つまり遺産相続権を持ってる人が分かる、って事なんじゃない?」

ただしこの特殊能力は単にウィナーの血縁者か否かが分かるだけ。血縁関係の糸が視える類の高度な代物ではなかったと思われる。今回に限り、アンとヴィヴィアンの容姿が似ていたから親戚と推測出来たに過ぎない。
前々から麒麟を狙っていたとかでもなく、偶々釣り上げた獲物が麒麟国出身者だった、と考えるのが妥当だ。

アシルは瞠目し、ヴィヴィアンは最早白い石になっている。
その反応からコウは、ヴィヴィアンがザリの情報を何も持たないのだと悟った。



アンの誘拐が確定し、状況は悪化した。
分からない事が多過ぎる。何が起こっている。
苛立つアシルの袖を、コウが引いた。

「落ち着いて。デジレがいない所為でアシルは本来の思考を失ってる」
「デジレまで消えた理由が分からん。なあ、アンの誘拐とは無関係だよな? 王子と面識ないよな?」
「落ち着いてってば。今のところは関係ないって結論になるよ。だってデジレは城を出ていない筈なんだから」

彼女はどの城門も抜けていない。馬車が使われた形跡もなく、近隣施設での目撃情報もない。
一歩も城外に出ていない。なのに姿が見えない。
アシルは額に拳をあてた。

「なんで消える。かくれんぼか? 俺を試しているのか? ――そうか、愛が試されているんだな。俺の本気が見たい。そういう事だろう、デジレ」

コウがアシルを仰ぎ「エアーデジレに話しかけてる? アシル、限界が近いね」と感心の眼差しをそそいだ。

一人王子一行から逃れたヴィヴィアンは現在、城の地下二階にある部屋に隔離している。何が出来るとも思えないが念の為だ。自分達を見捨てたアンの一族を恨んでいる事は間違いない。
本人はキーキーと喚いていたが、コウが黙らせた。

「騒いでいいの? 貴女の経歴を調べても平気? 叩いてもホコリ出ない?」
「――――」

ホコリが出る事は分かっている。チンピラの元女だ。そう言えばチンピラの影が見当たらないようだが、今は小物に構っていられない。

ザリの一行の行方を追っているが、まだ報告はない。
初めから監視しておくべきだった、とアシルは無意味過ぎる後悔に駆られた。
まさかこんな事になるなどと予想出来た筈もない。

――いや、きな臭いのは分かっていた。奴が危険人物と把握しながら放置した。

犠牲になるのは大聖女だと思っていたからだ。

――それとて国内で犯罪行為が行われる可能性はゼロではなかった。

締約国会議までは何もすまい、という思い込みもあった。
実際、ザリにとってもこの誘拐劇は予定外だったのだろう。アンがヴィヴィアンを訪ねたのは偶々だ。ザリが美術館を訪ねたのも偶々。誰にも予測は出来なかった。
館内でアンを見付け、ザリは彼女がウィナーである事を察知した。そして用無しとなった大聖女をリリースし、新たな価値ある女を手に入れた。

――だが力尽くでは麒麟は獲得出来んぞ。

嫌な想像だが、無理やりアンに子を産ませて継承させる手なら確かにある。
しかしこれでは自分が手にする事が出来ない。決戦を申し入れるにしてもアンがスピリットで以て応じなければ成立しない。八百長の「負け試合」も同じ。ウィナー側の心情が優先される。
そもそもミーティアとは、不公平なシステムなのだ。
代表例が、ウィナーVSウィナーの血縁者による決戦。どう考えてもウィナー側の割に合わない。失うものが大きい。血縁者側は負けても最大「半分」の力を失う訳ではない。
尤も、どちらも死のリスクを伴うから平等と言えば平等である。
スピリット……と口の中で呟き、アシルは閃いた。

「――おい、まさかその為のデジレじゃないだろうな」

コウが瞬き、首を傾げた。

「デジレがアンの人質って事? でもどうやってその人質をお城から攫えたの?」

結局そこで躓く。
アシルは唸った。やはり二つの事件に関連はないと見るべきか。
試されているだけなのか、愛が――。
アシルの横顔から思考を読み、コウが「もうエアーはいいから」と窘めた。





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