彼女は思い出せない

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アルノーの部屋を出て、デジレは国王の執務室を訪ねた。
応接セットのテーブルに資料を置いて、国王と額を付き合わせる。

「公式カレンダーは順調に消化されていますね」
「うむ。二強のブランドは圧巻のランウェイであった。余は満足したぞい」
「……となると、週末に控えている外国人デザイナーのショーはより寂しくなってしまいそうですね。認知度の低さに加えて、二強が終わった後では」
「事実、余の終わった感も凄まじい」
「……やはり外国勢は不利ですね。だからって肩入れする制度を増やしては、今度は国産が面白くないでしょうし」
「その辺のさじ加減が余も悩ましいのだわい。競争であるからしてな……」

国産との公平を保ちながら外国産を支援するのは、難しい。
花の王都は大盛り上がりで、現在までのインバウンドは既に例年を超えてきた。
観光客の数はそれほど増えていない。一人当たりの出費が増えたのだ。

――お金持ちの観光客の割合が増えてるから当然だけど。

国際イベント様様だ。
国王の執務室を辞して、デジレは自分の部屋に向かった。
ふと、廊下に光るものを見付けて瞬く。ダイヤモンドのブローチだ。
ひと目で国産だと知れたのは、つい先日発表されたばかりのハイジュエラーの新作だからだ。
このフロアでのブローチユーザーは王妃ディアーヌしかいない。
「なにかの弾みで落ちちゃったんだな」と予想したデジレは、落とし物を拾い上げて持ち主の部屋へと行き先を変える。

そう言えば、アンは城に戻っただろうか。

想念の直後、意識が途絶えた。



アフタヌーンティー開始時刻、十分過ぎ。
テラス席に着席中のコウとアルノーは瞬く。
待てど暮らせどデジレもアンも姿を見せない。約束の場所を間違えている筈はない。テーブルには生花が飾られ、ガラス製のふた付きコンポートにはホールケーキが待機している。
コウは膝の上の雛に目を落とす。寝ている。いつもの事。

「……帰り道が混んでるのかな」

「観光シーズンだもんね」とアルノーが頷いた時、テラスにアシルが早足で入って来た。
アルノーが目を丸くした。

「兄上? お出掛けだったのでは」
「切り上げて来た。お前達、いつからデジレを見ていない?」
「え? ええと、ランチの後に陛下のお部屋に行かれたかと」
「その後は知らんのだな?」
「はい。あの、デジレはお城の外には出ていない筈では?」
「ああ。俺もそう思っていたが、どこにも見当たらんらしい。しかも何故かアンまで出先から戻っていないようだな」

アシルの確認する目がコウを向いた。
コウは頷き、膝の上の雛を撫でた。

「アンの事はあまり心配してないんだけど、デジレは心配だね。熱中症とかになってお庭の隅で倒れてたら大変だ」
「ああ。だから城の者総動員で庭を隅々まで捜している」
「僕も手伝うよ」
「悪いな。――おいアルノー、お前はいい」

コウと揃って腰を浮かせたアルノーが「いいえ」と首を左右に振って見せた。

「体調なら心配無用です。それに僕、沢山城歩きをしましたので結構城内に詳しいんですよ」
「分かった。だが無理はするな。……別に大事でも何でもなく、ただどこかで昼寝をしているだけかもしれん」

アシルは自分に言い聞かせている、とコウは思った。



捜索開始から三十分が経った。
デジレの昼寝姿は城内のどこにも見当たらず、アンも戻って来ない。
これは絶対にただ事ではない。
アシルは陸軍を動かす決定を下した。

「捜索範囲を城下まで広げる。二人を捜せ。交通機関にも手配しろ」

検問が強化された。
セキュリティレベルが上がった事により、王都近郊の駅や港のゲートでじわじわと人の流れが滞り始めた。
王都の要衝では「本日中の移動を予定されている方はぜひお早めの行動を――」と憲兵が呼び掛けている。

「各ゲートにて大型トランク等の手荷物検査を実施中です。お時間を頂戴しますので予めご了承ください」

それを耳にして慌てて動き出す者と、「ふうん」と他人事の顔をする者とで反応は分かれた。

城下が忙しくなる一方で、吉報は未だ齎されない。
焦りを滲ませるアシルのもとに、とんでもない訪問客が現れた。



「どうか私を保護してください!」

応接間で対面するや、自称大聖女ヴィヴィアンは声を張り上げた。
アシルは無言で話の先を促した。
ヴィヴィアンは瞳を潤ませ、アシルの同情を求めた。

「このままでは私、独占欲の塊みたいな王子に殺されてしまいます。恐くなって命辛々逃げ出して。頼れるのはアシル王太子殿下しかいないと思ってこちらに」

話が一向に進まないのを悟り、アシルは仕方なく切り出した。

「お前が詐欺師なのは知っている。入国も把握していた。遂に王子に正体がバレて始末されかけたのか?」

面白いほどヴィヴィアンは狼狽えた。その反応すら図々しい。

「ちが、えっとそうじゃなくて。知られてるのは知ってますし私もいけない事なのは分かってて、でも生きる為に仕方なくて、でもすっごく反省してて」

アシルは今の発言を聞き逃さなかった。

「こちらに知られていると知っていた――ならお前、アンと接触したな?」

アンの行動を敢えて止める理由はなかった。親戚か否かはともかく同胞には間違いない。救いの手を差し伸べたいなら好きにすればいいと思った。
アシルからの指摘にヴィヴィアンはこれ以上ない程蒼褪めている。図々しく城に来ておきながらリアクションが大きい。
違和感を覚えつつ、アシルは促した。

「おい、答えろ。アンに詐欺を止めろと言われたんだろう」
「い、言われ、ました。はい。でも、でもでも私は悪くなくて被害者なんです!」
「……筋の通った話が出来んのか」
「だってだって私にも意味分かんないんです! なんで私という美少女がありながらブスに乗り換えるのよ! 大聖女って言ってるじゃないの!」
「…………」

昔からアシルとて説明が苦手だし、感情的になりがちだ。
それは同時に、聞き出すスキルが無い事でもある。
タッチ交代。アシルはアンの唯一の身内であるコウを呼んだ。
隣室で聞き耳を立てていたコウは、ヴィヴィアンを前にすると黒い瞳を細めた。
さらりと切り出す。

「王子に捨てられちゃったんだね」
「そ、……何言ってるの、私みたいな美少女が捨てられる訳ないじゃない」
「強がりはいいよ。もう乗り換えって言っちゃった後だ」
「……言ってないわ」
「でも困ったな。要するにアンは貴女の後釜なんだ」

ヴィヴィアンをスルーしてコウが思案顔になる。
アシルは怪訝に眉根を寄せた。

「まさか、王子に攫われたってのか? アイツが?」
「そうなんじゃない?」
「簡単に攫える女じゃないだろ。麒麟がある」
「むしろ攫われた理由は美少女云々じゃなくてミーティアだったり? 油断してるところを襲われて意識を奪われたなら有り得るよ。どんな強力なミーティアもウィナーからの命令無しには何も出来ないし」
「確かに。戦場ではない街中の方が案外油断はある……」

するとヴィヴィアンが「はああミーティアああ!?」と謎の大声を上げた。





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