彼女は思い出せない

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42 知らんぷり

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自称大聖女ヴィヴィアンを見下ろし、アンは双眸を細めた。

「田舎のおばあちゃまをだまくらかした挙句に、その曾孫にたかって宝石買わせてお洒落して飲んで食べて遊んで暮らすのがそれほど楽しいですか?」
「な、――! ぶ、無礼な! 貴女、この私を誰だと思って――」

椅子から立ち上がったヴィヴィアンの肩に透かさず手を載せ、額を寄せる。

「お静かに。仮にも大聖女ならどっしり構えてませんとね?」
「――、な、なんなのよ。何者よ、貴女」
「見ての通り貴女の同胞ですよ、大変不本意ながらね。だからこうして忠告してあげてるんでしょうが」

ヴィヴィアンはぽかんとアンを見詰め、それから眦を吊り上げた。

「何の事か分からないわ」
「お母様のルーツは麒麟では?」
「し、――知ら、知らないわよ。な、何よ麒麟って」
「麒麟の発音バッチリですね。――亡国の民はどこにも居場所がありませんから、さぞ苦労したでしょう。心から同情します。しかしカモにした相手が悪い。あの王子はどうも得体が知れません。貴女の手に余る人物です」

何を勘違いしたのか、ヴィヴィアンの新色ルージュに彩られた唇が弧を描いた。

「私と立場を変われって言ってるワケね」
「意味不明です。とにかく貴女は手を引きなさい。死んでも知りませんよ」
「うざ。ブスの負け惜しみじゃないの!」

ヴィヴィアンはケラケラと笑い出した。どうやらアンの事を「同じ黒髪黒目だから自分もイケる!」と思い込んでいる勘違い女と認識しているようだ。
勘違い女はそっちだ、と思いつつアンは嘆息した。

「忠告はしましたよ。それから貴女の記憶喪失設定ですが、既にパーヴォの王太子に知られてますので以後ご注意を」

ここで漸くヴィヴィアンは笑いを引っ込め、蒼褪めた。

「は、な、なに? なんで?」
「短期間に同じネタぶっこんで来たら目立つに決まってるでしょう。せめて南方から出るべきではありませんでしたね」
「だって、え、え? うちの殿下は?」
「そこまでは知りませんよ。ですが言った通り、得体の知れない王子様ですから知らんぷりしている可能性は否めません」
「ま、まさか」
「ご自分で確かめてみればよろしい」

アンは椅子から離れ、踵を返す。
ヴィヴィアンが言い縋った。

「ちょっと貴女、私の殿下に告げ口する気じゃないでしょうね?」
「王太子殿下は貴女を放置なさるそうなので、私もそうします」
「なあんだ見逃してくれるのね! 絶対だからね、絶対!」
「……反省とかしない人生なんでしょうね」
「大人しくしてれば文句ないんでしょ! 悪さはしないわ。だから余計な事をザリ殿下に言わないでね! 王太子にもごめんって言っといて、ね!」
「……どの立場で口を利いているんだか。逆に凄いな……」

アシルの事だから、ヴィヴィアンの無礼そのものは気にしないだろう。
それに放置こそが最大級の仕置きになる。このままではヴィヴィアンはロクな目に遭わない。

――最近、第二王子ザリの周辺で人が消えている。

ヤバい趣味とかあるのかもしれない、とアシルは言っていた。
自分もヴィヴィアンには金輪際関わらない事にしてアンは出口に足を進めた。
去る背にヴィヴィアンが言い足した。

「――まさか麒麟憑きじゃないわよね、貴女」

アンは「いいえ」と即答し、化粧室を出た。

直後、意識が途絶えた。



王立学術アカデミーからパーヴォ城に戻ったデジレは、アルノーの部屋を訪ねた。
フェローらから詩の作品を預ったついでにオデットと食事をしてきた。因みに彼女は詩を書かない。歌詞と同じで「脈絡ないのが苦手」だそうだ。
アルノーは、小さい教師ことコウと共に俳句作りに取り組んでいた。

「――俳句ってさ、語彙が増やせても全然活かせないよね」
「うん。だから難しいの。外国語に翻訳されてもなんか違うってなるし」
「ライスボールが違うっていう感覚だね?」
「そう。おにぎりの訳はおにぎりでお願いしたいの。ライスボールって何」

盛り上がっているところ恐縮ながら、デジレはコウに歩み寄った。

「コウ、アンを見かけませんでした?」
「うん。昼前に一人で出掛けたよ」
「どちらに?」
「分からない。でも迷子の心配はないよ。アンだもの」
「そうですね」

頷いて部屋を見渡し、ソファーの上に目的のものを見付ける。
そそくさと手を伸ばしたデジレを、ヤタガラスの雛が円らな瞳で見上げた。

「はい。抱っこさせてくださいね、ヤタちゃま」

背後で男子二人が「ヤタちゃま」と笑っている。
コウが苦笑の顔でデジレを見た。

「すっかりお気に入りだね。その子、特に何もしてくれないのに」
「何を仰るんです。持ち前のふわふわ力で幸せにしてくれます」

「ふわふわ力」と男子二人がまた笑った。
コウは苦笑のまま言った。

「デジレを幸せにしてくれるのはアシルでしょ。早く結婚してあげて」
「来年以降、致します」
「紙を出すだけならいつでも出来るだろうに」

ねえ、とコウの目がアルノーに向かった。
アルノーは「うん。でもいつでもはダメ。日にち選びは大事」と念を押した。
デジレは笑みで流し、両手で掬った雛を転がすようにして揺らす。
雛は短い羽をばたつかせて暴れる。面白がってはしゃいでいる。鳥の足が三つもくっ付いているので、爪が当たると若干掌にチクリと来る。
可愛いので気にしない。チクリと来た後、デジレは不意に閃いた。

「この子、キャプテン・ミーと同じですね」

ミーティア自身かミーティア由来かの違いはあれど、どちらも本来存在しない生き物が実体化した姿となっている。

「お食事やおトイレのお世話も要りません。凄く残念です」

コウは苦笑を続けた。言いたい事は分かる。
お世話も何も黒猫はゾンビで、ヤタガラスは武器だ。後者はペットじゃない。
可愛いので気にしない。デジレは癒しの武器を掌で転がし続けた。
やれやれと苦笑したコウが、俳句教室に向き戻る。
バルコニー窓を仰いで一言。

「でもちょっと遅いかな? アン」





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