彼女は思い出せない

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その南方大陸の小国は、四つの部族の集合から成るコミュニティである。
特産はダイヤモンドとゴールド。珍しい南国フルーツも採れる。
いずれもパーヴォ王国との取引はなく、国交も皆無と言っていい。

偶々東海岸を通過した際、アシルは経験値上げの為に森の魔物と山の山賊を焼いた訳だが、あれは個人旅行の一環でしかなかった。
恩に着せる気も見返りを求める気もない。
無論、山の神ことミーティア、ヤタガラス喪失の責任もない。
土地の所有と違い、ミーティアは同期するまで誰の物でもない。連中は意思を持つ。ミーティアはミーティア自身のものなのだ。下手に接触して死ぬ可能性もあるから危険物でもある。

だからコウも、旅行先でゲットしたヤタガラスを誰かに返す必要はない。
どこにも誰にも借りはない。文句ならミーティアに言うといい。
アシルは軽く息を吐いた。
小国は、自国内から小さなミーティアが消えた事に気付いていない。ただ、ヤタガラス喪失により山は徐々に本来の岩山の姿に戻っていくから、その緩やかな変化を見て察せられる者は察するだろう。
そもそもフェニックスは傷を癒すだけで、文明文化に直接手を貸す事はしない。
しかしアシルの訪問は、農村一帯に間違いなく益を齎した。ミーティアが消え、魔物リスクが減った。元より南方大陸は魔物被害の規模が小さい。自力で発展するだけの時間はたっぷりと残されている。

「農村の連中を憂う事はない。所詮は他国だ。俺にもお前らにもな」

アシルは、執務机越しに大小の影法師を見上げる。
コウとアンは揃って頷いた。
「ならば」とアンが口を開いた。

「こうして我らを呼んだのは、例の大聖女の件で何か進展があったので?」
「ああ。東洋系の詐欺師で間違いなかった。今、パーヴォに入っているそうだ」
「観光とは図太いですね」
「しかも小国の王子どもに付き添われている。連中は締約国会議に初参加するからな。見栄えする飾りを同伴したんだろう」
「詐欺師の飾りですか。お気の毒に。――それで、殿下はいかがなさるので?」
「俺は、当初の予定通り女を放っておく。王子に大聖女が詐欺師だと教えてやる義理はない」

「俺は」という部分にアンが反応した。

「何かあるんですか、我々の側には?」
「何かある、という程でもない。大聖女の前職というのは、海賊だかチンピラだかの元女らしいんだが」
「ロクでもないですね」
「ああ。元々は東から南方に渡って来た家の娘で、既に親は無い。だが東の源流を遡ると興味深い事が分かった。――お前の親戚かもしれんぞ、アンよ」

アンが固まり、コウはアンを見上げて瞬いた。
幼い目がアシルを向く。

「大聖女ってワ人?」
「違う。大陸の人間だ。東側では千年以上も戦乱が続き、国土が細切れ状態になっていただろう。その細切れの一つがアンの祖先の国――通称、麒麟国だった。大聖女のルーツもそこだ」

瞬くコウの隣で、アンは直立不動を続けていた。



大聖女ヴィヴィアンは、王立美術館で退屈な時間に耐えていた。
国王のコレクション展示会らしい。ただの金持ち自慢だ。つまらない。
ザリはというと、花を纏った女神の絵画を熱心に仰いでいる。もしや女神の顔とスタイルが好みなのだろうか。

――マッチョ過ぎ。こんなの翼の生えたゴリラブスよ。

退屈のあまり、ヴィヴィアンは「ちょっとお化粧室に」と切り出した。基本、我慢が出来ない性質なのだ。
ザリは静かに頷き、手下に目配せをした。
追って来る男のボディガードを鬱陶しく感じつつ展示室を後にしたヴィヴィアンは、エレベーターで一階の化粧室に向かった。
入り口で「お待ちしております」と言った男に「はあい」と返事をして中に入る。
驚いた事にパーヴォでは施設内は勿論、公衆トイレがタダで使える。

――こういうとこ、さすが先進国よね。

タダなのに掃除が行き届いていて清潔だし、トイレットペーパーも水もハンドソープも使いたい放題。有料なのに汚くてケチ臭い、南方大陸のトイレ事情とは雲泥の差がある。

――タダって言われると持って帰りたくなる。

個室のトイレットペーパーを見て溜息が出た。小振りなハンドバッグには一つも入らない。大体、持ち帰ってどうする。高級ホテルのアメニティも充実している。

――泥棒癖。いや貧乏性?

育ちが出ないよう注意を怠らない事だ。
用を済ませて化粧台へ向かう。明るい三面鏡付きのブースが四席もある。
金ぴかの椅子に腰かけたヴィヴィアンは、買ったばかりの新色ルージュを丁寧に塗り直した。

――ロクな母親じゃなかったけど、美人に産んでくれた事は感謝してる。

その時、椅子の後ろを細い人影がすうっと通り過ぎた。
睫毛に気を取られていたヴィヴィアンは、耳元の囁き声に不意を突かれた。

「――貴女、今すぐ第二王子のもとを去りなさい」

ぎょっと声を振り返ったヴィヴィアンと背後の人物の視線がかち合った。
同じ黒い瞳と髪を持つ、どこか面立ちの似た女を仰ぎ、ヴィヴィアンは惚けた。





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