41 / 69
41 ルーツ
しおりを挟むその南方大陸の小国は、四つの部族の集合から成るコミュニティである。
特産はダイヤモンドとゴールド。珍しい南国フルーツも採れる。
いずれもパーヴォ王国との取引はなく、国交も皆無と言っていい。
偶々東海岸を通過した際、アシルは経験値上げの為に森の魔物と山の山賊を焼いた訳だが、あれは個人旅行の一環でしかなかった。
恩に着せる気も見返りを求める気もない。
無論、山の神ことミーティア、ヤタガラス喪失の責任もない。
土地の所有と違い、ミーティアは同期するまで誰の物でもない。連中は意思を持つ。ミーティアはミーティア自身のものなのだ。下手に接触して死ぬ可能性もあるから危険物でもある。
だからコウも、旅行先でゲットしたヤタガラスを誰かに返す必要はない。
どこにも誰にも借りはない。文句ならミーティアに言うといい。
アシルは軽く息を吐いた。
小国は、自国内から小さなミーティアが消えた事に気付いていない。ただ、ヤタガラス喪失により山は徐々に本来の岩山の姿に戻っていくから、その緩やかな変化を見て察せられる者は察するだろう。
そもそもフェニックスは傷を癒すだけで、文明文化に直接手を貸す事はしない。
しかしアシルの訪問は、農村一帯に間違いなく益を齎した。ミーティアが消え、魔物リスクが減った。元より南方大陸は魔物被害の規模が小さい。自力で発展するだけの時間はたっぷりと残されている。
「農村の連中を憂う事はない。所詮は他国だ。俺にもお前らにもな」
アシルは、執務机越しに大小の影法師を見上げる。
コウとアンは揃って頷いた。
「ならば」とアンが口を開いた。
「こうして我らを呼んだのは、例の大聖女の件で何か進展があったので?」
「ああ。東洋系の詐欺師で間違いなかった。今、パーヴォに入っているそうだ」
「観光とは図太いですね」
「しかも小国の王子どもに付き添われている。連中は締約国会議に初参加するからな。見栄えする飾りを同伴したんだろう」
「詐欺師の飾りですか。お気の毒に。――それで、殿下はいかがなさるので?」
「俺は、当初の予定通り女を放っておく。王子に大聖女が詐欺師だと教えてやる義理はない」
「俺は」という部分にアンが反応した。
「何かあるんですか、我々の側には?」
「何かある、という程でもない。大聖女の前職というのは、海賊だかチンピラだかの元女らしいんだが」
「ロクでもないですね」
「ああ。元々は東から南方に渡って来た家の娘で、既に親は無い。だが東の源流を遡ると興味深い事が分かった。――お前の親戚かもしれんぞ、アンよ」
アンが固まり、コウはアンを見上げて瞬いた。
幼い目がアシルを向く。
「大聖女ってワ人?」
「違う。大陸の人間だ。東側では千年以上も戦乱が続き、国土が細切れ状態になっていただろう。その細切れの一つがアンの祖先の国――通称、麒麟国だった。大聖女のルーツもそこだ」
瞬くコウの隣で、アンは直立不動を続けていた。
大聖女ヴィヴィアンは、王立美術館で退屈な時間に耐えていた。
国王のコレクション展示会らしい。ただの金持ち自慢だ。つまらない。
ザリはというと、花を纏った女神の絵画を熱心に仰いでいる。もしや女神の顔とスタイルが好みなのだろうか。
――マッチョ過ぎ。こんなの翼の生えたゴリラブスよ。
退屈のあまり、ヴィヴィアンは「ちょっとお化粧室に」と切り出した。基本、我慢が出来ない性質なのだ。
ザリは静かに頷き、手下に目配せをした。
追って来る男のボディガードを鬱陶しく感じつつ展示室を後にしたヴィヴィアンは、エレベーターで一階の化粧室に向かった。
入り口で「お待ちしております」と言った男に「はあい」と返事をして中に入る。
驚いた事にパーヴォでは施設内は勿論、公衆トイレがタダで使える。
――こういうとこ、さすが先進国よね。
タダなのに掃除が行き届いていて清潔だし、トイレットペーパーも水もハンドソープも使いたい放題。有料なのに汚くてケチ臭い、南方大陸のトイレ事情とは雲泥の差がある。
――タダって言われると持って帰りたくなる。
個室のトイレットペーパーを見て溜息が出た。小振りなハンドバッグには一つも入らない。大体、持ち帰ってどうする。高級ホテルのアメニティも充実している。
――泥棒癖。いや貧乏性?
育ちが出ないよう注意を怠らない事だ。
用を済ませて化粧台へ向かう。明るい三面鏡付きのブースが四席もある。
金ぴかの椅子に腰かけたヴィヴィアンは、買ったばかりの新色ルージュを丁寧に塗り直した。
――ロクな母親じゃなかったけど、美人に産んでくれた事は感謝してる。
その時、椅子の後ろを細い人影がすうっと通り過ぎた。
睫毛に気を取られていたヴィヴィアンは、耳元の囁き声に不意を突かれた。
「――貴女、今すぐ第二王子のもとを去りなさい」
ぎょっと声を振り返ったヴィヴィアンと背後の人物の視線がかち合った。
同じ黒い瞳と髪を持つ、どこか面立ちの似た女を仰ぎ、ヴィヴィアンは惚けた。
109
あなたにおすすめの小説
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
王子様への置き手紙
あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたにはもう何も奪わせない
gacchi(がっち)
恋愛
幼い時に誘拐されそうになった侯爵令嬢ジュリアは、危ないところで知らない男の子に助けられた。いつか会えたらお礼を言おうと思っていたが、学園に入る年になってもその男の子は見つけられなかった。もしかしたら伯爵令息のブリュノがその男の子なのかもしれないと思ったが、確認できないまま最終学年になり仮婚約の儀式が始まる。仮婚約の相手がブリュノになれば話せるかもしれないと期待していたジュリアだが、ブリュノと対になっていた札を伯爵令嬢のアマンダに奪われてしまう。アマンダにはずっと嫌がらせをされていたが、まさか仮婚約まで奪われてしまうとは思わなかった。仮婚約の相手がなく、孤立するジュリア。そんな時に声をかけてきたのは隣国からの留学生だった。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる