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47 何の為
しおりを挟むアンは、円い船窓に目をやった。
船が洋上に着水して暫く経つ。陸地の影はなし。
内心に舌打ちが出た。
――不意を突かれた。
ソファーに座ったまま膝の上に目を落とす。膝枕にはデジレの寝顔がある。一度は目を覚ましたデジレだったが、再び意識を失う羽目になった。
第二王子ザリの完全武装が、彼女を上空に連れ去った影響だ。急激な気圧と温度差に生身の体が耐えられなかった。
――武を極めた私とは違う。デジレは普通のお嬢様なんだ。
無茶をさせやがって、とアンはまた舌打ちをしてデジレの金髪を撫でた。
隙を見て、手元に戻したヤタガラスにコウ宛の手紙を持たせた。船室内の本のページを破り取り、出血させた小指の先で文字を書き付けた。
雛が運べる重量に限り他者への瞬間宅配が可能だ。マックスは銀製ティースプーン一本までとなっている。
宅配から凡そ十分。
船窓の中の陽は傾かない。太陽を追っている。
――日が沈まない大ドラゴン帝国、よりも更に西に向かっているな。
アトラス諸島近海にいると仮定する。元よりザリは国際会議に参加する予定だったから、西に進路を取っていても不自然には映らない。
――だが諸島の駐留軍は第二皇子の配下。彼らに目撃されるリスクをおしているなら……。
少なくとも、第二皇子のフェンリルよりハイパワーだという自信がある。
船室に閉じ込められていた為、アンはザリのミーティアの正体は見ていない。
しかし尋常でない怪力からしてアッパー・ミーティアなのは間違いない。
――ザリの他に、もう一人いるしな。
ザリは、アンをウィナーと認識している。敏いウィナー同士は互いに分かる。
更にザリにはウィナーの血縁、即ち「遺産相続権」保持者を視る能力が備わっている。恐らく間違いない。
騙されたふりをしてヴィヴィアンを傍に置いていたのは大聖女云々ではない。そこはどうでもいい。そもそも彼らの信仰は教会にない。ヴィヴィアンの価値と使い道は別にあった。
ウィナーの血縁者とは、言い換えれば魔法のプラズマを使える者の事だ。スピリットが備わっていれば、星の資源を獲得出来る可能性が高まる。
――接触させようと目論んだ、いずこで眠る未覚醒ミーティアと。
決戦と違い、接触は強制出来る。
そう予測すると行き先の見当が付き、ウィナーであるアンへの乗り換えにも納得がいく。単なる血縁者よりも勝率が高いと踏んだ。
館内で気を失う寸前、アンはザリの声を聞いた。
「貴女の血は尊いようだ。親戚はもう要らない」
彼の言葉からアンは、ヴィヴィアンが麒麟の相続権を持つと確信を得た。
――いや既に違う。
ヴィヴィアンと接触した時、アンは麒麟から切り離されていた。
新たな麒麟憑きはコウとなった。コウと血縁関係のないヴィヴィアンもまた麒麟から切り離された。
ザリは、ヴィヴィアンと繋がるミーティアの種類が変わっている事に気付いていない筈。疑う理由もないのに再鑑定はすまい。
血統がミーティアを喪失する原因は本家の暗殺か、他家との決戦による敗北だ。
今回は後者が行われた。自ら「負け試合」をした。
まずコウはアンにヤタガラスを渡し、麒麟を受け取った。これが逆ではならなかった。先にアンが麒麟を喪失してはプラズマを失い、決戦が成立しなくなる。
コウは皇族なので当然、太古より脈々と受け継がれて来たプラズマも遺産相続権も持っている。だがそれらを彼は行使しない。
太古の力に頼らない為に、彼は麒麟を手にした。思いがけず情報を得られた雛の獲得はアンにプラズマを残す為でしかなかった。従者のアンは彼の意思を汲んだ。
負け試合は便利に使える。以前、アシルもトレードに使おうとした。
遺産相続の裏ルートと言える。例えば帝国第二皇子は初回ウィナーで、現状フェンリルを遺産相続させられない訳だが、実子との負け試合により継承は可能となる。
この疑似的な相続方法で生前贈与した王族は少なくない。
現在までの状況から情報を整理する。
――ザリは、相手が相続可能なミーティアが何なのかまでは分からない。
ヴィヴィアンが真実、麒麟と繋がっていたか否かは知らなかった。麒麟でなく例えば鳳凰と申告されていても真偽の確認は出来なかった。
アンの事もいちウィナーとして認識しているに過ぎない。しかも、真の麒麟の能力について確認して来ない。
つまりミーティアの正体には興味がない。
ここで「未覚醒ミーティア」に思考が戻る。
ザリの周辺で人が消えているという話があった。
――接触してミーティアに殺害されたか。
もっと悪いのは、ミーティアに無視された時点で用済みとなりザリに始末された。
――自分で試すのは避けたいという気持ちは分かる。
未覚醒ミーティアは、アッパー・ミーティアを持つザリに反応しただろう。けれど殺害されない保証はないから度胸が試される。
ミーティアに殺害された場合、彼の持つミーティアが初回ならば星に戻り、遺産相続で得たものならば血縁の誰かに移行する。
――ザリは度胸を試す気がない。
それで代打のアンを連れて来た。
ただ、仮にアンが同期出来たとしてどう横取りするのかは謎である。
――デジレに至ってはウィナーの血縁ではない。よな?
実は違うのか。ザリには彼女が持つ縁の糸が視えているとでも言うのか。
――解せん。
相当の危険を冒し、ザリはデジレを誘拐している。何の為だ。
誘拐直後のデジレと合流した際、彼女は「さっきまでお城にいた」と話していた。国外に連れ出す前に、城外に連れ出す必要があった。
ザリは白昼堂々、高難易度の作業をこなした。
――忍者みたく隠れて彼女に近付き、隠したって事なんだろう。
もう一人のウィナーが手を貸した。
今もデジレを隠している。きっとパーヴォは位置を特定出来ていない。
――アシル殿下からも音沙汰無しだ。
少なくともアンには連絡があって然るべき。アシルはまだキグナスの信号能力をダンプしていない。戴冠前にする筈がない。
アンまで隠されている。
――特定の個人でなくエリアで隠す能力だな。
隠すにしても必ず限度はある。この中型船を軽々と持ち運べるほどの巨大ミーティアをイリュージョン出来たとは考え難い。
――手品では荷が勝ち過ぎる。
能力超過となる。隠す能力の奴は、精々ロウワー寄りのアッパー・ミーティアと考えられるからだ。
――力尽くで制圧出来る。
意思を固めた時、ガチリと金属音が鳴った。
アンは睨む目で、唯一の出入り口である鉄扉が隙間を広げていくのを見た。
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