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48 短い船旅
しおりを挟む食事を載せたトレイを手に、ブラックガールが現れた。
アンは、壁際のテーブルに向かう幼い少女を観察する。
十歳かそこら。もっと上かも。後進国の子供の見た目はあまりアテにならない。栄養状態によって成長速度は変わる。
――幼くともウィナーだ。
この少女がデジレを隠している。制圧出来れば能力を解除出来る。
鎖に繋がった足枷をチラリと見て、アンは少女との距離を測った。
「――やめた方が良いよ」
背中を向けたまま少女が告げ、肩越しにアンを見た。
「貴女、私がウィナーって気付いてるよね。能力にも気付いてる? でも私を狙うのは間違いだよ。弟が船内にいるから」
「……弟?」
「一緒に村から連れて来られた。いつでも渡せるの。次ここに来る時は渡した後かもね」
アンは密かに感心した。
二択の示唆とは賢い。家族間決戦によるトレードを知っている。
「……お前らもザリに攫われたのか。なら助けになる。協力しろ」
アンの低い声の提案に、少女は首を左右に振って見せた。
「出来ない。一族が殺される」
アンは舌打ちした。
「察するに、お前のミーティアは遺産相続されたものだな。お前はいずこの部族の姫なのだろう」
「そんな大層なのじゃないけど、家は千年くらい続いてる」
「まあまあじゃないか。で、お前が隠せる範囲はどの程度なんだ?」
「あ、やっぱり気付いてた。私はこの船くらいしか隠せない」
「ならばザリの完全武装は目撃された可能性があるな」
「そう思う。だからすぐ雲に隠れてた」
「今日は入道雲が多くて助かったな?」
「うん。だから決行したの。ザリは」
「クソが。――いいか、奴がお前の一族をまだ生かしている保証はないんだぞ」
「でも弟は確実に生きてる。だから私達は何も出来ない。ごめんなさい」
少女は、テーブルのストッパーを外してアンの方に寄せた。
「お食事をどうぞ、だって。そっちのレディは……」
「お陰様で未だ目を覚まさん」
「衛生兵が手当てするって言ってるのに」
「気にするな。お前らの誰よりも私は医学に通じている」
少女の嘆息が零れ、踵を返した。
「おい」とアンは小さな背中を呼んだ。
「名を聞いておく」
「……ウピタ。短い船旅だけど、よろしくアン」
美味くもマズくもない食事を取りつつ、アンは船窓の水平線に目を凝らした。
――どのタイミングでヤタガラスを手元に戻すか。
戻さないとあちらからの情報が貰えない上「戻せないほど危機的状況なのか」と要らぬ心配をかけてしまう。
普通ならトイレが最適環境だが、監視役が少女では「ドアはオープンで」と言われるのがオチだ。
室内に覗き穴のようなものが無い事は確認済み。鉄扉には小窓があるが、頑丈な金属製が仇となり動かすと必ず音が鳴る。
その小窓は開いている。廊下には多分、ウピタがいる。
――お前達の事情は知らん。
今の優先はデジレで、次は自分。あとは知らん。
食事を終え「下げろ」の声を上げる。
ウピタはすぐに来た。完食を見て瞬く。
「毒があるとか思わなかった?」
「どうせ耐性がある。確かに赤道下の動植物は何万種も未確認だから、恐さはあるがな。しかし連れてきておいて殺す道理が無いだろう」
「それもそうだね」
「時に、お前の家が千年続いたのは隠れていたからだな?」
黒い眼が丸まる。
「急に、何」
「部族間の紛争に巻き込まれなかった理由だよ。村ごと隠したんじゃないのか」
「……そうだね」
「だがザリに見付かった。理由には見当が付く。一族の誰かが街に出て偶々奴に姿を見られ、ウィナーの血縁だとバレた。で、帰り道を付けられた」
「……アンって凄く賢いね。もうザリの能力に気付いてるんだ」
「お前もクイーンズを話しているしバカじゃなさそうだ。現状がマズい事は分かっているよな?」
「…………」
アンの言いたい事を察しながらもウピタは沈黙し、部屋を後にした。
暫くしてデジレが目覚めた。
アンは彼女を診断しつつ、状況をざっくりと説明した。
鉄扉の外が無人と見て、雛を手元に呼んだ。小枝のような足の一本にはコウからの返信が括り付けられていた。
「伝書ヤタちゃま」などと感激しているデジレを落ち着かせ、アンは文面にさっと目を通した。
「――ウィナーの方々が我々の捜索に当たってくださるとの事です。アシル王太子殿下も捜索隊の一員ですよ、デジレ」
「助けが来るんですね、良かった。ヤタちゃまも有難うございます」
デジレがこっそりと雛に頬擦りをする傍らで、アンは返信の返信をしたためる。
通路から足音が聞こえて来た。
雛の足に素早く手紙を括り付け、コウの元へ送る。受け取った方の手紙は船窓の隙間から海に放った。
窓を閉める前に鉄扉が開かれる。
仕方なくアンは窓辺に留まり、空気を吸うふりをした。
デジレはソファーに座った姿勢を正す。寝たふりは敢えてしない。調べられ、虚偽がバレたら厄介な事になる、という勘が働いた。
ザリには通用しない。謎の多い人物だが、田舎者の王子と侮らない方がいい。
船室に入って来たのは、そのザリだった。
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