彼女は思い出せない

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49 動機は無い

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第二王子親衛隊唯一の女性兵士、ナキアは食堂の隅に控えていた。
食卓の上座に座るザリは今日も完璧なテーブルマナーで食事をしている。

――私の主人はなんて美しいの。

彼と同じ部族である事が誇らしい。
完璧で美しい彼に引き換え、テーブルで向かい合う外国の娘はみすぼらしい事この上ない。
記憶喪失らしい。同じような話を最近聞いたばかりだ。
大聖女の次は、パーヴォの小娘という訳か。

――バカ女ども。麗しいザリ殿下の気を引こうと必死ね。

滑稽極まりない。
因みに聖女だか大聖女だかは、昼頃にザリの命を受けてナキアが路地裏にゴミみたく放り出してやった。
放逐の際、こう釘を刺した。

「これまで散々調子に乗ってくれてたけど、殿下はもうお前に用などないそうよ。さっさとドブネズミに戻るのね。そして金輪際、殿下に近付くんじゃないよ。もし私の視界に入ったら瞬殺だからね。――それとも今殺そうか?」

脅しに耐えかね、大聖女は逃げ出した。どこにも駆け込めまい。ドブネズミはパーヴォの言語を話せないし、絶対に叩けば埃が出る体だ。

――胡散臭い小娘だったのよ。あんなのを城に入れるなんて、全く。

しかし王族らは世間知らずで善良だから仕方がない。騙す方が悪いのだ。
ナキアは騙されない。これからもザリと、王族らを守っていく。

――記憶喪失その二のお前も、殿下に無礼を働いたら海に放り投げてやるから。

着席以来、記憶喪失その二ことデジレなる娘は硬直している。
まだ食事に手を付けない。テーブルの下で、膝に置いた手が微かに震えている。
一人では心細いと見た。都会育ちの令嬢はヤワ過ぎる。
もう一人の乗船者こと東洋女、アンは鉄扉の部屋に残してある。単にあちらは食事が済んでいたからだ。囚われの身でありながら平然と食事が取れるとは神経が図太い。卑しいだけとも言える。
驚いた事に、外国の娘同士は顔見知りだった。別々の場所で攫ったのに凄い確率だ。ザリも「こんな偶然があるのか」と目を瞠っていた。

「デジレは引きが強いのだな。うん。さすがだ」

このザリの言葉を聞いた際、ナキアは首を傾げた。
外国娘を前々から知っている口ぶり。実際そうらしく、本人に自己紹介されるまでもなくザリは娘の名を知っていた。
相手の方はザリとは初対面だと言い張っていた。その態度からナキアは「こいつの記憶喪失は本物かもしれない」と少し思った。嘘を吐くメリットがない。運命の再会にした方が格段に男女関係は盛り上がる。
ザリは十代の頃に外遊経験がある。各国の大都市を旅行した際にパーヴォを訪れ、デジレとも知り合ったのだろう。

一向に食事の手が出ないデジレを見やり、ザリが困ったように微笑んだ。

「あまり腹が減っておらんか?」
「……、……はい」
「このような状況では無理もない。すまんな」

ナキアは内心舌打ちした。

――バカ女ごときが。高貴なザリ殿下に謝罪させるんじゃないよ。

批判の最中、徐にザリが両手のカトラリーを皿の縁に置いて腰を浮かせた。
食事の途中で席を立つなど品が無い。有り得ない。
ぽかんとするナキアの眼前をザリは通過する。通り過ぎ様、空いた椅子を一つ引き寄せてデジレのすぐ傍に置いた。
新たな椅子に腰かけて、ザリはデジレの食事に手を伸ばした。

「私が食べさせてあげよう」

ナキアは絶句し、デジレにしても同じだった。



デジレは、全力で首を左右に振った。気弱なふりをしている場合ではない。

「と、とんでもない。畏れ多い事です」

ザリは精悍な面相にふわりと笑みを広げた。

「遠慮深いそなたならそう言うと思った。だが食べないのは良くない」
「い、いいえ。結構です。本当に食欲がございませんので」
「では何か消化の良いものを与えよう。薬も要るよな」

扉を振り返った彼は手を叩き、コックを呼ぶ。
デジレは、無礼を承知でザリのゆったりとした民族衣装の袖を掴んだ。

「私ごときに、お気遣いは無用です、ザリ殿下」

瞬間、ザリがハッとして掴まれた袖を見下ろた。壁際に控え立つ女性兵士からは凄まじい殺気が放たれている。
「お前――」と踏み出そうとした彼女を、ザリの片手が制した。

「よい。下がっておれ、ナキア。――デジレは本当に慎み深い娘よな。それをおして私を引き止める強情さも併せ持つ。実に興味深い」

デジレはサッと手を離し、俯いた。

「大変、ご無礼を致しました。どうかお許しを」
「よいのだ。私はデジレともっと親密になりたいと思っておる」

それはそうなのだろう。でなければ食事の手伝いなど言い出さない。
「何故」とデジレは伏目がちにザリを窺った。

「殿下はそれほどまで、私に拘るのです」

ザリは微笑んだ。

「うむ。そなたに一目惚れをした」

デジレにとって最悪の答えが返って来た。
つまり誘拐動機は無いようなものだ。無差別なんとかの犯罪と同じで、被害者に選ばれるか否かは運でしかない。
不意にザリの目線が落ちる。
デジレの手元を見て、彼は笑みのまま言った。

「その指輪、そなたに似合っておらんな。私がもっと良い品を贈ろう」

デジレは咄嗟に指を閉じ、テーブルの下に両手ごと隠す。
アシルからの婚約指輪を奪われては堪らない。精々殊勝に振る舞う。

「ご不快にさせてしまい申し訳ございません。こちらは私自身が選んだ品でございまして……」

趣味の悪さを指摘されて、落ち込んだように見せかけた。
するとザリは「そうであったか。言葉を違えてしまった、許して欲しい」と素直に詫びた。
一目惚れ云々は迷惑だが使える場面もありそう、とデジレは分析した。





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