彼女は思い出せない

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55 制圧

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ベルゼブブとフェンリルが激突した。
巨体がぶつかり合う度に生じる衝撃波が、周囲の風雨を捻じ曲げ、洋上の大型船をぐらぐらと揺らす。

円い船窓からミーティアバトルを観戦中のアンは「始末してしまえ」と内心でフェンリルを応援した。
とはいえ、フェンリルではベルゼブブに勝てないだろう。力の差があり過ぎる。
風雨の妨害もある上に、フェンリルは陸戦向きと来ている。地面で踏ん張れないと四足はパワーが発揮出来ないのだ。

不利な環境下、四足の獣が早々に疲れを見せ始めた。力負けし押されている。シンプルなパワー差というのは、戦略やら何やらで埋まらない。

――持たないか。だが傍に二隻いる。

恐らくアトラス諸島から来た戦闘艦だ。砲身は空の敵を追っているから援護射撃を狙っている。しかしここに民間の船がいては下手に撃てない。

――ブリッジを制圧するしかない。

動かすなら、動くならベルゼブブが戦闘中の今がチャンスだ。
その時、背後の鉄扉が外からガチリと音を立てた。
アンは、反射的にデジレを背に隠す。壁際に座り込んだまま、ウピタは岩みたく動かない。
重い音と共に鉄扉が開かれる。
三人の目が見守る中、扉の隙間に小さな顔が覗いた。
ウピタが唖然の声を発した。

「ウカ――!」

彼女の幼い弟の体の正面は、大量の飛沫血痕で真っ赤に染まっていた。



小さなパピーことフェンリルの上に、ベルゼブブはどすんと圧し掛かった。
海面に押し付けてやる。

「溺れ死ぬがよい」

無敵の完全武装も、結局内部にいるのはか弱い人間だ。溺れさせれば酸欠になる。無敵と言いながらも、肝心の中身が宇宙にも深海にも対応していない。
不利な洋上では特に体のサイズがものを言う。
制圧するのに工夫は要らない。要らないのだけれど、

「おや、いけない」

背後で砲撃が発射された。かなり強烈なロケット弾が来る。
十二発の連射とは惜しみない。大国とは武器が豊富なので遠慮なく撃ちまくる。
まあ、この程度の火力なら問題ない。ザリは半透明の翅を軽く上下させ、後方に気流を起こした。飛来する弾頭は失速し、進路が逸れて海に落下する。
直後、海面に十二本の白い水柱が吹き上がった。
狙いは良かった、とザリは感心し、海面に顔を押し付けているパピーを向く。

「貴方も、私の上陸地点をよくぞ読んだ。広大なノース・ニューワールドの海岸線は長い。普通ならアトラス諸島から最も近い東側だと思うであろう。だから裏を掻いて南経由で入ったと言うのに。もしや逆張りしおったか?」

ぐぐ、とフェンリルの首が僅かに持ち上がり、片眼が辛うじてベルゼブブを見た。

「読んで、ない。私の索敵に、貴様らがかかったに、過ぎん」
「ほう、フェンリルの能力か。素晴らしいな。――だからこそ弱い」

ベルゼブブは圧を強めた。フェンリルの左反面の顔が海面に没する。

「皆知っての通り、特殊能力が便利なミーティアほど弱い」

現にアッパー・ミーティアの別格クラスに近付くほど、その高い戦闘力を更にアップさせるような特殊能力を備えていない。

「ドラゴンは役に立たないゾンビを呼び戻し、フェニックスは羽で破壊の傷を癒すと言う。私のベルゼブブに至ってはウィナーの血縁者が分かるのみ。毒見を必要とする私でなくば、ほぼ無意味な能力であっただろう」

突然、ふっと足元から押し返す力が消えた。
おや、とザリは海面に意識を向ける。長話の隙にフェンリルが自ら海中に没し、拘束の足を振り解いた。
皇子が海面下に逃れたと見るや、透かさず二隻の戦闘艦が火を噴く。
「鬱陶しいな」とザリはベルゼブブの中で笑み、矛先を変える事にした。

「よい船なので少々勿体ないが、沈没処分とする」

ベルゼブブの全身から黒色のプラズマが生じた。周囲に黒い亀裂を入れながら、中空に火球を形成していく。
チャージの最中、高速で接近するプラズマを感知した。

「――これは」

赤い炎――フェニックスが来た。



アンは、デジレの手を引いて迷路のような通路を駆けていた。
男児と女児が先行し、出口へと誘導している。
男児、ウピタの弟ウカは船内をほぼ制圧してしまった。
つい忘れがちになってしまうが、ウィナーが必ずしも血族最強ではない。パーヴォ王家が良い例だろう。
小さいウカの戦闘力は、ウィナーの姉ウピタを上回っていた。
姉と共に隠れ里から連行されてきたウカは、ザリ一派にプラズマを伏せ続けた。驚いた事に、ウピタですら弟の高過ぎる戦闘力を知らなかった。彼女自身はほとんどプラズマを使えない。
自分に出来ない事というのは想像し難い。申告され、実践してもらって初めて認識出来る。
ザリ一派も同じだ。ウピタの低い戦闘力から弟も脅威にならないと判断した。油断した下層の連中は、幼い反乱分子にあっさりやられた。
返り血に染まったウカと対面した際、アンは警戒と苛立ちを滲ませた。

「何故、今頃動く気になった」

ノース・ニューワールド目前では遅過ぎるではないか。
するとウカは「……俺もアイツと同じだったから」と告げた。

「ザリの思想に同調していた」
「奴の? お前、八歳かそこらでもうクソヤローなのか」
「かもしれない。アイツと同じように世界から悪が消えれば良いと考えた」

そこでアンは、ザリの思想とやらを一部知る事が出来た。
村にやって来たザリが村民らの前で、こう演説したらしい。

「ノース・ニューワールドのスーパーパワーを使い、世界の悪を一掃しようではないか」

誇大妄想も甚だしいが、アレクサンドルが絡んでいるなら笑い飛ばせない。
平和主義の村民らは、無論ザリの危険思想に賛同しなかった。村は制圧され、王族の末裔たる幼い姉弟が人質兼便利な道具として大陸の外へ連れ出された。

「俺は余所者も北の大陸人も嫌いだ。勝手に来て山や森の資源を漁る。ザリもアンタも同じさ。どっちも滅べばいい」

ウカはアンを見て、背後のデジレにチラリと目を移した。

「でも混乱した。ウピタを利用する奴もいるけどウピタに優しくしてくれる人もいる。俺は分からなくなった。分からない内は死なせちゃいけないと思った」

アンは肩越しにデジレと目を合わせ、ウカを見下ろした。

「賢い判断だ」
「アンタの事は信用してない。目が恐いから」
「私もお前を信用していない。お互い様だ」

お互い様の一行は戦場から離脱する為、共に走った。





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