55 / 69
55 制圧
しおりを挟むベルゼブブとフェンリルが激突した。
巨体がぶつかり合う度に生じる衝撃波が、周囲の風雨を捻じ曲げ、洋上の大型船をぐらぐらと揺らす。
円い船窓からミーティアバトルを観戦中のアンは「始末してしまえ」と内心でフェンリルを応援した。
とはいえ、フェンリルではベルゼブブに勝てないだろう。力の差があり過ぎる。
風雨の妨害もある上に、フェンリルは陸戦向きと来ている。地面で踏ん張れないと四足はパワーが発揮出来ないのだ。
不利な環境下、四足の獣が早々に疲れを見せ始めた。力負けし押されている。シンプルなパワー差というのは、戦略やら何やらで埋まらない。
――持たないか。だが傍に二隻いる。
恐らくアトラス諸島から来た戦闘艦だ。砲身は空の敵を追っているから援護射撃を狙っている。しかしここに民間の船がいては下手に撃てない。
――ブリッジを制圧するしかない。
動かすなら、動くならベルゼブブが戦闘中の今がチャンスだ。
その時、背後の鉄扉が外からガチリと音を立てた。
アンは、反射的にデジレを背に隠す。壁際に座り込んだまま、ウピタは岩みたく動かない。
重い音と共に鉄扉が開かれる。
三人の目が見守る中、扉の隙間に小さな顔が覗いた。
ウピタが唖然の声を発した。
「ウカ――!」
彼女の幼い弟の体の正面は、大量の飛沫血痕で真っ赤に染まっていた。
小さなパピーことフェンリルの上に、ベルゼブブはどすんと圧し掛かった。
海面に押し付けてやる。
「溺れ死ぬがよい」
無敵の完全武装も、結局内部にいるのはか弱い人間だ。溺れさせれば酸欠になる。無敵と言いながらも、肝心の中身が宇宙にも深海にも対応していない。
不利な洋上では特に体のサイズがものを言う。
制圧するのに工夫は要らない。要らないのだけれど、
「おや、いけない」
背後で砲撃が発射された。かなり強烈なロケット弾が来る。
十二発の連射とは惜しみない。大国とは武器が豊富なので遠慮なく撃ちまくる。
まあ、この程度の火力なら問題ない。ザリは半透明の翅を軽く上下させ、後方に気流を起こした。飛来する弾頭は失速し、進路が逸れて海に落下する。
直後、海面に十二本の白い水柱が吹き上がった。
狙いは良かった、とザリは感心し、海面に顔を押し付けているパピーを向く。
「貴方も、私の上陸地点をよくぞ読んだ。広大なノース・ニューワールドの海岸線は長い。普通ならアトラス諸島から最も近い東側だと思うであろう。だから裏を掻いて南経由で入ったと言うのに。もしや逆張りしおったか?」
ぐぐ、とフェンリルの首が僅かに持ち上がり、片眼が辛うじてベルゼブブを見た。
「読んで、ない。私の索敵に、貴様らがかかったに、過ぎん」
「ほう、フェンリルの能力か。素晴らしいな。――だからこそ弱い」
ベルゼブブは圧を強めた。フェンリルの左反面の顔が海面に没する。
「皆知っての通り、特殊能力が便利なミーティアほど弱い」
現にアッパー・ミーティアの別格クラスに近付くほど、その高い戦闘力を更にアップさせるような特殊能力を備えていない。
「ドラゴンは役に立たないゾンビを呼び戻し、フェニックスは羽で破壊の傷を癒すと言う。私のベルゼブブに至ってはウィナーの血縁者が分かるのみ。毒見を必要とする私でなくば、ほぼ無意味な能力であっただろう」
突然、ふっと足元から押し返す力が消えた。
おや、とザリは海面に意識を向ける。長話の隙にフェンリルが自ら海中に没し、拘束の足を振り解いた。
皇子が海面下に逃れたと見るや、透かさず二隻の戦闘艦が火を噴く。
「鬱陶しいな」とザリはベルゼブブの中で笑み、矛先を変える事にした。
「よい船なので少々勿体ないが、沈没処分とする」
ベルゼブブの全身から黒色のプラズマが生じた。周囲に黒い亀裂を入れながら、中空に火球を形成していく。
チャージの最中、高速で接近するプラズマを感知した。
「――これは」
赤い炎――フェニックスが来た。
アンは、デジレの手を引いて迷路のような通路を駆けていた。
男児と女児が先行し、出口へと誘導している。
男児、ウピタの弟ウカは船内をほぼ制圧してしまった。
つい忘れがちになってしまうが、ウィナーが必ずしも血族最強ではない。パーヴォ王家が良い例だろう。
小さいウカの戦闘力は、ウィナーの姉ウピタを上回っていた。
姉と共に隠れ里から連行されてきたウカは、ザリ一派にプラズマを伏せ続けた。驚いた事に、ウピタですら弟の高過ぎる戦闘力を知らなかった。彼女自身はほとんどプラズマを使えない。
自分に出来ない事というのは想像し難い。申告され、実践してもらって初めて認識出来る。
ザリ一派も同じだ。ウピタの低い戦闘力から弟も脅威にならないと判断した。油断した下層の連中は、幼い反乱分子にあっさりやられた。
返り血に染まったウカと対面した際、アンは警戒と苛立ちを滲ませた。
「何故、今頃動く気になった」
ノース・ニューワールド目前では遅過ぎるではないか。
するとウカは「……俺もアイツと同じだったから」と告げた。
「ザリの思想に同調していた」
「奴の? お前、八歳かそこらでもうクソヤローなのか」
「かもしれない。アイツと同じように世界から悪が消えれば良いと考えた」
そこでアンは、ザリの思想とやらを一部知る事が出来た。
村にやって来たザリが村民らの前で、こう演説したらしい。
「ノース・ニューワールドのスーパーパワーを使い、世界の悪を一掃しようではないか」
誇大妄想も甚だしいが、アレクサンドルが絡んでいるなら笑い飛ばせない。
平和主義の村民らは、無論ザリの危険思想に賛同しなかった。村は制圧され、王族の末裔たる幼い姉弟が人質兼便利な道具として大陸の外へ連れ出された。
「俺は余所者も北の大陸人も嫌いだ。勝手に来て山や森の資源を漁る。ザリもアンタも同じさ。どっちも滅べばいい」
ウカはアンを見て、背後のデジレにチラリと目を移した。
「でも混乱した。ウピタを利用する奴もいるけどウピタに優しくしてくれる人もいる。俺は分からなくなった。分からない内は死なせちゃいけないと思った」
アンは肩越しにデジレと目を合わせ、ウカを見下ろした。
「賢い判断だ」
「アンタの事は信用してない。目が恐いから」
「私もお前を信用していない。お互い様だ」
お互い様の一行は戦場から離脱する為、共に走った。
131
あなたにおすすめの小説
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
王子様への置き手紙
あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたにはもう何も奪わせない
gacchi(がっち)
恋愛
幼い時に誘拐されそうになった侯爵令嬢ジュリアは、危ないところで知らない男の子に助けられた。いつか会えたらお礼を言おうと思っていたが、学園に入る年になってもその男の子は見つけられなかった。もしかしたら伯爵令息のブリュノがその男の子なのかもしれないと思ったが、確認できないまま最終学年になり仮婚約の儀式が始まる。仮婚約の相手がブリュノになれば話せるかもしれないと期待していたジュリアだが、ブリュノと対になっていた札を伯爵令嬢のアマンダに奪われてしまう。アマンダにはずっと嫌がらせをされていたが、まさか仮婚約まで奪われてしまうとは思わなかった。仮婚約の相手がなく、孤立するジュリア。そんな時に声をかけてきたのは隣国からの留学生だった。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる