彼女は思い出せない

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56 一安心

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ベルゼブブの意識が、急接近中のフェニックスに逸れた。

時を同じくして、フェンリルが海面からぬっと顔を出した。
すいすいと犬掻きをして大型輸送船を目指す。
フェンリルの特殊能力は、球状に広げたテリトリー内にある全てを感知出来るというものだ。主な用途は索敵だが、捜索にも使える。
どんなに隠されていても、何でも誰でも見付けられる。
鉄の船体に泳ぎ着いたフェンリルは、船縁に前足をかけた。
巨大犬の出没に甲板上の見張りどもが騒ぎ、銃口を向ける。
フェンリルこと第二皇子アーネストは、その巨大な前足でベシッと連中を叩き、荒波の中に投げ落とした。

「この船は私が制圧した。最早舵は利かんぞ」

巨体がぶら下がった状態では前後左右どこにも行けまい。試しにブリッジは二軸のスクリューを回してみるといい。エンジンがイカれて航行不能になるのがオチだ。
ダメ元でもチャレンジは行われた。どう頑張ってもどこにも行けない。暫くしてブリッジの扉が開き、観念した連中が出てきた。「参った」と両手を上げている。
アーネストは連中を船縁に呼び寄せ、一列に並ぶよう指示した。
口々に命乞いが発せられている。
フェンリルの前足が振り上げられ、横に振られる。七人のテロリストどもがまるでドミノ倒しみたいに、どぼんどぼんと海に落ちていった。超法規的措置だ。

「貴様らが南方で隠れ民族どもの村を焼き払った事なら調べが付いている」

死んでも償えないが、死んで償うといい。
誰も浮かんで来ない事を見届け、処刑が完了した。

処刑を見計らったかのようなタイミングで、船内から鉄扉が開かれた。
若い女二人と、男児と女児が外に出て来る。
アーネストは双眸を細め、金髪碧眼の娘を見た。

「そなたがデジレか?」

白い顔の主がこくこくと頷き、碧い瞳を輝かせてフェンリルを仰いでいる。
「大きなワンちゃん」扱いには慣れているのでアーネストは気にしない。

「無事で何よりだ。そなたに死なれると我らも困るのでな」

二度もアシルから、母のドラゴンを狙われては堪らない。
首を傾げているデジレには答えず、アーネストは船上の娘達に言い置いた。

「曳航する。誰か舵を握れ」

「私が」と黒髪の女が声をあげ、他三人を引き連れてブリッジに向かった。
アーネストは船に取り付き、またすいすいと犬掻きを始めた。



フェンリルに発見され、ウピタはミーティアの隠す能力をキャンセルした。彼女のミーティアはインパラの姿をしていると言う。
ベルゼブブが健在の内はまだ能力を継続する方が賢明だった。異変を察して船に引き返してきたザリに何をされるか分からない。船を飛び立った時点で彼自身も船を見失っている訳だが、座標を記憶しているから帰投場所を見失う事はないらしい。
尤も、海の脅威はザリだけではない。まだまだ未開地の多い新大陸は治安が良いとは言えず、海賊船の横行は普通にある。
けれど漸く、安全が確保された。
最後にブリッジに入ったデジレは、閉めた扉を施錠した。
これで一安心、と想念しつつ室内に振り返る。
次の瞬間、視界の端から影が飛び出した。最後の兵士が、壁際に積まれた箱の陰に潜んでいた。

「消えな!」

女性兵士ナキアが小型拳銃の口をこちらに向ける。
部屋を出て以来、生死問わず彼女を見ていない事にデジレは今頃気付いた。
引き金を引く彼女の指の動きが、スローモーションみたくハッキリと見えた。
見えるのは角度が付いているからだ。デジレを正面に狙えていない。高波の所為で手元がブレている。
銃口は問答無用で白い火を噴いた。煙もなく、火薬の臭いもしない。
咄嗟に、デジレは自分の体の前にあった小さい影をどちらも突き飛ばした。
狙いの狂った銃弾は窓枠に当たり、それでも失速しなかった。リフレクションだ。跳ね返った弾が戻って、デジレの腕を掠める。

「あ、つ!」

ナキアの指が更に引き金に力を籠めた。次は確実に体の正面に当たる。

――躱せない。

死のピンチも束の間、ナキアは発砲出来なかった。舵を向いていたアンが素早く体を捻り、銃撃に割って入った。
鋭い手刀がナキアの首を後ろを捉える。ゴキッと僅かな音が発せられた時には、ナキアは絶命していた。
力を失って倒れる体を壁に蹴り飛ばし、アンがデジレに駆け寄った。

「デジレ!」
「大丈夫。掠り傷ですよ」
「銃創は油断なりません。すぐに手当します」
「これくらい自分で出来ますよ」
「油断しました。面目ありません」
「ちゃんと助けてくださりましたよ」

青褪めるアンを落ち着かせる方が大変で、デジレは苦笑してしまった。
突き飛ばされて以来、床に倒れていた姉弟がデジレを振り返り「手当出来る」と申し出てくれた。
壁の救急セットを掴み取ったアンは、それを子供達に投げた。

「頼むぞ、お前達。――今日の私は役立たずです。麒麟があれば治せたものを」

やけにクリーンな銃弾だった事から彼女は、凶器にはミーティア由来のプラズマが使用されている事を見抜いた。
デジレは子供の手を借りて傷の処置をしながら、舵に向き戻ったアンを見る。疑問が湧いた。

「キリンは同じ人に二度処置は出来ないのでしょう?」
「……ミコに返してもらえばいいのです。リセット出来ますから」
「案外優しいルールなんですね」

ミーティアも中々寛大だ。トレードの新たな使い方とも言える。
アンは肩越しにデジレを振り返った。

「つまり今のミコは、デジレの記憶喪失を治せる可能性が高いです」

デジレはきょとんとした。
「へえそうなんだ」と思っただけで「やったー」ではない。

その時、赤い閃光が天から射した。
夕陽よりも真っ赤な炎の鳥を仰いで、誰も彼もが声を無くした。





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