彼女は思い出せない

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58 いっそ魔物

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パーヴォ城地下の情報本部に詰める王妃ディアーヌとアルマンは、大陸北東部でアレクサンドルが行った外交を洗っていた。
北の海で艦砲を発射した連中は、アレクサンドルの呪いによって行動を起こしている。
通常のキグナスの通信とは違う。脳に呪いを仕込むには、特殊なプロセスを踏んでいる。数十名が一斉に同じ行動を取っている事からして、同一の作業が行われたものと考えられる。
しかし合理主義のアレクサンドルが、相手を変えて何度も同じ作業を繰り返したとは考え辛い。きっと一斉に行った。
共通イベントをあれこれ想念し、ディアーヌは唸った。

「大人数が参加するイベントとなると限られるわ」
「ですね」

アルマンも唸り、過去の記録の束と睨めっこをしている。
伝統的な王室外交はそもそも特殊だし、大人数参加型の大規模なものが多いから絞り込みが難しい。儀礼や儀式にカモフラージュしていた可能性は高い。
特殊な言動にも拘らず、傍目には不自然に映らない。
ディアーヌは、ふと気付いた。

「――デジレ」
「は?」
「彼女が王室外交に参加した記録って、ある?」
「ええと。――いいえ、手元の資料には載っていないようです」

当時の彼女は妃候補に過ぎなかった。他の妃候補らも同様で、北東の連中と接触した記録はない。
オデットへの確認の必要が出てきた。アン曰く、オデットは「体調不良の呪い」を受けている。死の呪いではなかったのは、彼女には使い道があり、デジレと違って他の男に執心していなかったからだろう。
内容が違っても作業自体は変わらなかった筈。デジレにだけ個別の死の呪いがインプットされたなら、儀礼や儀式では不自然に映る。彼女に変だと思われる。
尤も「予行練習をしよう」とでも言えば事足りるか。
不自然に映らない工夫――。

「あ」

ディアーヌの声にアルマンが目を向ける。
ディアーヌはアルマンを見返した。

「小難しく考えちゃってバカだわね。――写真よ」
「あ」

カメラのフラッシュなら一撃で一斉だ。
網膜を通してミーティア由来のプラズマを脳細胞に打ち込んだのだ。



どうやらザリは、アレクサンドルの記憶を持っている。
アシルは、色々と納得した。
パーヴォの地理に詳しい事にも、初対面のデジレを知っていた事にも説明が付く。パーヴォ城の秘密の道も当然知っていた。痕跡の主はザリだった。

生前アレクサンドルが残した呪いの一環と思われる。プログラムと同じ要領でデータをインプットした。
その方法は不明ながら発動条件には察しが付く。

アレクサンドルが死んだ。

ザリは、アシルが南方大陸を去った後にベルゼブブを手に入れている。
つい最近まで森の魔物と山の山賊ごときに対抗出来ない、弱小王家の王子に過ぎなかったのだ。それがアッパー・ミーティアでも別格のベルゼブブとの同期を果たしている。
恐らく、王家は秘密裡にベルゼブブを祀っていた。曾祖母がシャーマンの家系だと言う話もあった。危険過ぎるミーティアを何人にも触れさせないようにしていた。しかし遂に第二王子が禁断の封印を解いた。

「アレクサンドルの頭脳とスピリットがあれば可能だったよな」

真実ベルゼブブと同期したのはザリでなく、アレクサンドルだと断言出来る。
ベルゼブブは西洋文化が生んだ悪魔で、南方には無い。この悪魔の誕生こそがアレクサンドルの関与を示す何よりの証なのだ。

「死んでも呪い続ける。いっそ魔物だな」

魔物の真の源、呪怨を他者の脳内に仕込んでいった。
凡そ二年間、アシルの南方大陸放浪の旅を放置していたのは忙しかったからだ。
城を抜け出して、外国のお友達連中に呪いを仕込んだりしていた。

「奴は他に何をしていた? ああ、分かっている。貴様の後ろにあるダークツイスターに用事があったんだよな」

遠目にも、黒い岸辺の先で高速回転する風が見える。
天と地を繋いでいる。最早柱だ。
アシルとてアレを狙った時期があった。アレの下では強力なミーティアが眠っている。だからこそ夥しい瘴気が集まり、更にパワーを増している。

「今まで何人試した?」

何人を死なせた。
アシルの問いかけに、ザリはやけに素直に答えた。

「十一人逝ったな」

アシルは両翼を伸ばし、開いた。プラズマを最大出力まで引き上げる。

「十一回以上、貴様を殺すべきだが無理だからな。苦しんで死ね」

ベルゼブブの巨体からは幾つもの黒いプラズマが触手のように広がった。

「死ぬのはそなただ。無様な死に様をデジレの目に晒すがよいぞ。そなたが死んだ後、私はゆるりと彼女を連れ戻しにゆく」

アシルは刹那、足元の洋上に意識を向けた。
フェンリルに押されながら一隻の輸送船が海域から離脱している。
船から視線を感じる、とフェニックスの感覚が告げていた。それが誰の視線なのかまではさすがに分からない。デジレかもしれないし違うかもしれない。
見られていても構わない。彼女には「ハブにしない事」とキツく言われている。

――ハブにしない。いつも一緒だ。

最大出力のプラズマで一度羽ばたき、アシルは巨大な悪魔に向かって飛んだ。



「特攻!」とザリは噴き出した。

「どこまでバカなのだ、そなたは!」

黒いプラズマに囲まれ、自棄を起こしたようだ。
特攻という言葉すら上等過ぎる。単にやぶれかぶれが相応しい。
囲んでしまえば逃げ場はない。上昇もさせない。上も下もすっかり覆う。

「パイ生地のようにな」

強固な完全武装ならともかく生身の人間では持たない。さっきみたく翼で体を覆っても無駄なのだ。黒い触手はベルゼブブ本体と繋がっている。

「圧死するまで握り潰してくれよう」

投網のように黒い影が広がり、小さな人影に襲い掛かる。
黒いプラズマが素肌と接触しただけでも死ぬ。それではつまらないから頑張って翼でガードして欲しい。
翼ごとじわじわと圧搾してやる。余にも珍しいフェニックスオイルにしてやる。

フェニックスの翼の後縁に、黒い触手が届く。
瞬間、空が光った。

青い雷だ。ピンポイントでベルゼブブ――ではなくアシルに落ちた。
遅れて雷鳴が響き渡り、触手を介した衝撃でベルゼブブは弾き飛ばされた。





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