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59 還る
しおりを挟むアシルはどうにか、その青い雷の柄を掴んだ。
北極圏から武器が届いた。
大ドラゴン帝国皇太子アルバートが振るう伝説の剣、カレトヴルフだ。
ロケット弾よろしく遠方で打ち上げられた武器をピンポイントで受け取るには、座標の指定と調整が必要だった為、遠近の艦隊と皇女ヘレンに連携してもらった。
背の翼(よく)こそがフェニックスの武器だ。これはザリが認識した、完全武装の融け残りなどではない。その証拠に翼と人体はプラズマで繋がっているだけで接着はしていない。変身の劣化版なら両腕が翼でなければ変だろう。
剣を受け取る為にハンズフリー武装となった。機能を分けた。武器をレンタルすれば自前のプラズマを飛翔に全振りさせられる。無論レンタル品は大層な剣でなく、強烈な火器でもいい。
「これで遠慮なくやれる」
翼にプラズマを燻らせたアシルは重い剣の柄を両手で握り締めると、ベルゼブブの巨体に向かって驀進した。
体勢を崩したままのベルゼブブは、音速を越えて飛び回る相手を捉えられない。
しかし捉える必要はない、と判じたようで黒い触手をネットみたく張って自分自身をガードする。
「そう来ると思った」
だが脆弱なガードに意味はないのだ。伝説が示す通りカレトヴルフに切れないものはない。加えてマッハの速力がある。
黒い巨体と衝突する寸前、アシルは剣を一閃させた。
ほとんど手応えを感じることなく、すっと刃が抜ける。
いっそ空振りのようだった。
刹那、巨体の中から呟き声がした。
「デジレは私のもの……」
記憶同様、その想いすらもザリのものではない――とアシルは直感した。
音ごと背後に置き去りにした巨体を振り返る。
中の人間もろとも真っ二つに割れたハエが、所在なく空中に浮いていた。
ウィナーが絶命するや、ベルゼブブの全身が淡い光を纏った。
アシルに向かって巨大な五本の指のような光の筋を延ばす。
迫りくる光に、アシルは冷めた目を向けた。
「星に戻れ」
問答無用でダンプした。
するとベルゼブブの輪郭が崩れ、強烈な光を放つ火球へと姿を変えた。
次の瞬間、火球は艦上の主砲みたくドシンと爆音を発して撃ち上がった。数万年前に落ちてきた流星が分厚い雲と大気の層を突き破り、重力を振り解いて天を目指していく。
還っていく。
ベルゼブブが悪魔なのではない。手にした人間が悪魔だった。
奇妙に円く切り取られた雲から、暗い空がぽかりと覗いている。
「じゃあな」
数秒だけ、アシルは還る星を見送った。
ベルゼブブが昇ったのとは逆に、ザリの遺体は海に落ちていった。
割れた体をアシルは放っておく。荒波が浚うのに任せる。雑な水葬だ。
ややあって、手の中のレンタル武器が発光して消えた。返すのは一瞬で済む。
フェニックスの翼を軽く動かして退避中の輸送船を追った。
まだピリピリとした心が休まらない。姿を見るまで安堵はない。
こちらの接近を見たらしく、ブリッジの扉が開いた。
風雨の中、外に飛び出してきたデジレが船尾に向かって駆け、船縁に取り付いた。
「殿下!」
彼女の顔と声を確認し、アシルはやっと安堵の息を吐いた。
翼を仕舞い、鉄製の甲板上にガアンと煩く着地する。
低く飛び降りられないのは、翼から放出されるプラズマが高圧で高温だからだ。近付き過ぎると船を溶かしかねない。
乗船したアシルにデジレが駆け寄ってきた。
アシルは辛うじて笑みを浮かべ、彼女にぎこちなく片手を差し出す。
迷いがあった。
――殺しの直後に、触れて良いのか。
ごちゃごちゃと考える間に、彼女の方がアシルに飛びついた。
首に細腕が巻き付けられアシルは慌てた。
「――デジレ待て。俺は汚い」
「お互い様です。まずはご無事で何よりです」
「こっちの台詞だ」
「なんてお顔をされてるんですか。色んな事が書いてますよ」
「……そうか。つくづくお前には敵わん」
お構いなしの彼女にアシルも観念した。
細い背中に両腕を回す。薄着の体はやや冷たい。初めてのハグという感動の瞬間なのに、風雨に晒されているし自分は小汚いし残念過ぎる。
潮風に靡く彼女の髪を嗅いでアシルは息を吐いた。いつも通り香りは良いが、このままではバサバサに痛んでしまう。
「お前が冷える。船内に入ろう」
互いに背や腰に腕を回したまま歩き出す。
デジレがアシルの胸元に頬を寄せた。
「殿下はぽかぽかしてますね。遠目にもあったかそうに見えたので、暖を求めて駆けて参りました」
「ミーティアは熱だからな」
「普段から殿下はあったかそうだなあと思っておりました」
「髪も目も赤いしな」
「ハグしたら気持ちいいだろうなあと思っておりました」
風雨の先を歩くアシルは、腕の中に庇い入れた彼女に目を落とした。
嬉しさと、悔しさが湧く。
「今実際にやってみた感想は?」
「気持ち良かったです」
「もっと早く教えてくれれば、俺は喜んで応じたぞ」
「慎みというものがあるのですよ」
「俺から言い出すのは下品だし、気色が悪いよな。どうすれば良かったんだ」
「過去より未来を向きましょう」
「ならこれからは、もっと……」
「一日一ハグしましょうか」
アシルはもう一度、彼女を抱き締めた。
一日一ハグでは足りない。
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