彼女は思い出せない

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60 負けでいい

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大ドラゴン帝国皇太子アルバートは甲板に両足を踏ん張ると、槍投げの要領で伝説の剣を天に向けて放り投げた。
轟音を引き連れ、昇龍みたいな雷が夜空を裂いて飛んでいく。

「ターマヤ」

背後の甲板士官が首を傾げた。

「何かのまじないですか?」
「意味は全く分からん。花火見物のワ人を真似てみたのだ」
「はあ……?」

数秒後、伝説の剣がアシルの手元に届いたという連絡が入った。

雷宅配を完了させたアルバートは、帝国艦隊を率いて帰国の途に就く。
戦闘が終結しても仕事は山積みだ。



南下する船に揺られながら、アシルは十分ほどソファーに横たわっていた。
デジレが申し出てくれた膝枕は涙を呑んで断った。

「興奮して眠れん」
「それはいけませんね」

しかし同じ室内に彼女が留まってくれているだけで安眠出来た。
思った以上に疲労していた。フェニックスの魔力残量は半分以下で、キグナスはゼロに近い。相当消費した。
ノース・ニューワールドに向かう道中、アシルは度々フェニックスからキグナスにスイッチして高速飛行していた。戦闘時に必ずフェニックスを使うと分かっていたので温存の意図もあったが、通信の為でもあった。
フェニックスの完全武装のままではキグナスの通信が行えなかった。ウィナーは、たとえ複数のミーティアを保有していても同時に二種以上の力を引き出せない。

決戦は基本タイマンで、一戦で獲得可能なミーティアは一種のみとなっている。例えばベルゼブブ戦の際、アシルがフェニックスの武装で敗北していたなら、フェニックスは奪われ、キグナスは星に戻っていた。
要するに複数のミーティアを保有するウィナーは、生き残りさえすれば一度の敗北で全ミーティアを失う事はないのだ。
他者からのレンタル武器やパーヴォのような庇護は、だから有難い。決戦時の他力利用は違反には当たらない。それも含めて自力と見なされる。
持つべきものはよき家族、よき友人という訳だ。

遠い警笛の音を拾い、アシルは目を覚ました。
窓辺に座るデジレの横顔と、背景の夜空を同時に目に入れる。ノース・ニューワールドからかなり遠ざかったようで、風雨も荒波も消えている。
デジレの横顔に目を戻し、その上品な佇まいに見惚れた。
彼女の白い半袖に目が行く。ほつれ、黒ずんでいる。見覚えのある擦過だ。

「腕を、どうした」

アシルの声にパッと振り返ったデジレは、二の腕に目を落として苦笑した。

「銃創の名残りです」
「おい、怪我をしたとは聞いていないぞ」
「大丈夫です。殿下がお昼寝されてる間に秒で治して頂きました」

体を起こしたアシルは、ソファーの隣にデジレを呼んだ。
短い袖を捲り、下にある皮膚の無傷を確かめる。

「痛かっただろう」
「熱かったですね」
「最悪だ。お前を撃ったのは誰だ。処す」
「既にお亡くなりの方ですから無理ですよ」

デジレは窘めるようにアシルの手を軽く叩いた。
安堵と苛立ちの波を越えて、アシルはやっと無傷に疑念を抱いた。

「秒で治してもらったのか」
「はい。コウのキリンがパパっと。手品みたいでした」
「ならば銃弾は魔法のプラズマ由来だったのか」
「そのようです」

あっけらかんと見えるデジレに、アシルは言い難い口を開いた。

「お前、銃創の治癒を優先したんだな。――記憶喪失ではなく」

デジレはまた苦笑した。

「それ、コウとアンにも確認されました。小さな傷より脳の不具合でしょって。でも私は小さな傷を優先すべきと判断したのです。私の負傷を見て、殿下が嫌な気分になられてはいけませんので」

アシルは惚け、眉根を寄せた。

「ああ。そうだ。自分で自分を許せんかっただろう。今も……」
「許して差し上げてください。見ての通り完治してます」
「……お前の判断はいつも的確過ぎる。俺はまるで敵わん」
「一つでも勝てるところがあるのはやっぱり嬉しいですね。お役に立てるという事ですから」
「役に立つ必要はない。そもそも俺がお前に勝てるところは一つもない」
「ありますでしょう。戦闘力とか身長とか」
「そんなものに価値はない。俺はずっとお前が好きで、負けている」

きょとんとしたデジレは、納得に至ると笑った。

「惚れた弱みというものですね」
「それだ」

アシルはずっとデジレに負けでいい。



輸送船はサウス・ニューワールドの凪いだ岸で錨を降ろした。
大陸北端の港に着くや、アシルはデジレと共にさっさと下船した。忌まわしい輸送船とおさらばだ。
ここからはデジレの体調を気遣い、ゆっくりと帰国の途に就く。

「帰りは偏西風が味方になるから楽だ」
「行きは大変だったんですね」

帆船でも動力船でも風向きは無視出来ない。
今晩は港の宿で一泊する。明日の朝、新たにチャーターした客船に乗り込む。

大ドラゴン帝国の艦艇は、凡そ半数がアトラス諸島方面に引き返している。
締約国会議は延期が決定し、各国に通達されている。再開催は来年だろう。
第二皇子アーネストはノース・ニューワールドに上陸し、例のダークツイスターのデータ収集に当たっている。
第一皇女ヘレンは半数の艦艇と共にアトラス諸島経由で帰投中だ。南方大陸から連れ出されてきた姉弟を連れている。帝国が姉弟を保護する。
初めこそ帝国行きを渋っていた姉弟だったが、デジレから「私は三年ほど帝国領で保護してもらいましたけど快適でしたよ」と教わると素直に納得していた。
姉弟が望むならパーヴォで引き取ってもいい。アシルは別に構わない。
アン曰く、弟の方はかなり戦闘力が高いらしい。その点を女帝が危険視し、姉の方にダンプを迫るかもしれない。

――ダンプか。

アシルも帰国後、キグナスの能力を破棄するつもりでいる。キグナスそのもののダンプはやはり惜しい。魔力の予備の必要性を実感したばかりだ。

今回の功労者であるコウとアンは港内にいる。アシルとデジレと同じ宿に泊まり同じ船で北方大陸に戻る。
チェックイン後、四人で食卓を囲んだ。夕食を済ませ、早々に部屋に引っ込む。アシルとアンはともかく、コウとデジレの消耗を気遣った。
特にコウは、今日初めて長時間キリンを使った。

「凄く眠いや」

幼い顔に笑みを浮かべたコウは、いつもながら大人びて見えた。

翌朝の食卓に、コウとアンの姿はなかった。





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