彼女は思い出せない

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61 神話の国

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大ドラゴン帝国機動部隊は、新大陸西側の大洋を航行していた。
運河を抜けたとかではない。元々西沿岸部に置かれた駐留軍だ。
第一皇女ヘレンが受信したオーダーを女帝が承認し、動いた。

「今日とはな」

艦上のアンは「同感です」と思った。
今日とは思わなかった。

――ミコは平然と無茶をする。

しかし従者であるアンは、主人たるコウの判断に従うしかない。

――ついて来なくていいと言われたが、そうはいかない。

深夜。デジレとアシルを宿に残してコウと共に港を後にした。
気は引けたがコウの完全武装たる麒麟に跨り、細い陸地を飛び越えて駐留軍と合流し、今に至る。
貿易風の助けもあり夜間航行は順調だ。西に向かっている。その先には見えない線が引かれていて、線を踏み越えると便宜上カレンダーの日付が一日分進む。
新しい一日が始まる海原を更に西に進んだ先には極小の無人島が浮かんでいる。
ワ皇国最東端の離島、東サンゴ島だ。最南端と最東端の離島は首都に含まれる。
機動部隊はその離島を目指している。

数時間後、軍艦は日付変更線を踏み越えた。
間もなくコウは単身発艦する。アンを置き去りにする。

「だって気にするだろう、君は」

気にするに決まっている。デジレだってアシルだってそう。
コウの一大事とあらばみんな気にする。

コウは生まれながらに宿命を背負った皇子だ。
本人には何の責任も無い責任を負っている。運が悪かった。
三人兄弟の、真ん中になってしまった。皇后の第二子の男子。ただそれだけ。
長男の誕生から八年後。皇后の腹からコウが出てきて、――その十分後には弟皇子が出てきた。
次男と三男は予想外の二卵性双生児だったのだ。これがワ皇国皇室では大いに問題となった。

「真ん中の皇子なんて縁起が悪い!」

古来より、皇室の妃は男子を三子以上生まないという習わしがある。例えば男子二人に女子一人なら構わない。女子三人に男子一人、あるいは男子二人でも良い。
皇位継承権を持つ男子が三人揃う、という状態がダメなのだ。外国人からすれば「何を言っているんだ?」と首を傾げる話だろう。
ワ皇国は神の国、正確には神話の国だ。神によって作られ守られてきた長い歴史を持つ。世界最年長を誇る皇室の系譜は他を全く寄せ付けない。
皇室の礎となる神話の中には三兄弟の神が登場する。真ん中が危険視された。
ツクヨミ、と言う。名の通り黄泉の国を司る。だから「縁起が悪い!」のだ。
ワ皇国の人々の認識では、コウがツクヨミにあたる。
もっと悪い事にツクヨミは実在する。
無論ミーティアだ。

千三百年ほど前、船旅に繰り出した若き皇子がいた。彼は東の果てでサンゴ礁の島を発見し、そこでミーティアと接触した。
彼は、ミーティアとの同期を拒んだ。何故って現れたのが縁起の悪いツクヨミだったからだ。――本当は、皇族が接触したからミーティアはツクヨミの姿に固定された訳なのだが、当時その認識はなかった。

「私は大変なものを目覚めさせてしまった――」

ミーティアを星に戻すプロセスは、一旦同期してからのダンプとなっている。同期自体を拒否された場合、未覚醒ミーティアは星に留まり続ける。アシルと接触した雛が再び眠りについたのがその例だ。
若き皇子は、どうしてもツクヨミと同期する事が出来なかった。拒絶しても消滅はさせられない。
とはいえ彼には秘策があった。岩戸と呼ばれる特殊能力を用いてツクヨミを封印したのだ。
彼はアッパー・ミーティア、アマテラスを保有していた。自らが閉じ籠る神話のエピソードとは逆に、恐ろしい神を洞窟に閉じ込め重い岩で蓋をした。

以来、皇室は東サンゴ島ごとツクヨミを祀り、守護している。
ツクヨミは極めて危険な神だ。封印を解く事は許されない。

最近まで、他国で事情を知るのは大ドラゴン帝国の皇室だけだった。昔、偶々彼らの帆船が島に接近した際、ワ皇国側は領土主張と共に事情を説明せざるを得なかった。
仕方なく話したら、幸運にも理解されただけだ。アシルは違う。コウは信頼から彼に事情を話したし、アシルが信頼する相手になら言い広めてもらっても構わない。ミーティアは誰の所有物でもない。

――帝は、ミコの判断をご理解くだすっている。

だからこそ今日まで何のお咎めも無い。
来年でコウは八歳になる。八歳を迎える前に、ツクヨミと接触する事が彼には予め義務付けられていた。
それでコウは「海に出たついでに行ってしまおう」と決心を固めた。
帝は、ツクヨミと接触せよと言っている。

――接触して死ねと言っている。

正しくは、死ぬと思っている。

小ドラゴン諸島に移り住む以前、三歳だったコウはアッパー・ミーティア、ツクヨミの洞窟に接近している。
その際、岩戸は煌々と紫色に発光した。ツクヨミはコウを無視せず反応したのだ。
長らく皇室では、皇子をツクヨミに引き合わせる儀式を行ってきた。ほとんどが無視されて終わるだけだが、偶に反応があると「大物!」と大喜びされる。
ただしそれは三兄弟の真ん中でなければ、だ。
コウは、益々ツクヨミという事になった。大喜びどころか大パニックだ。
コウには同期か殺害かの選択肢が発生した。

結果を明確にするよう、帝は皇子に命じた。
話を聞いたアシルは「遠回しの処刑だろ」と眉根を寄せていた。

「律儀に命令を聞く事ないぞ、コウ。お前自身が、命を懸けてでもツクヨミとやらを獲得したいのならまだ分かるが、別にどうでもいいなら無視しろ」

コウは苦笑していた。

「同じ事言われたよ、女帝陛下にもさ」

事情を知った女帝は、幼いコウを自国領内に監視の名目で預かると申し入れた。
本当ならコウは別の孤島に幽閉され、麒麟憑きのアンも監守として付き添う事になっていた。

女帝の申し出を、帝はすんなり受け入れた。コウは宿命から逃げ出さない、という確信があった。
逃げ出すような皇子ならツクヨミが反応などしなかった。
それがまた悪かった、という話だ。





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