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62 勝負
しおりを挟む帝国艦を一人飛び立ったコウは、西回りに東洋を目指していた。
――西に飛んで東に向かうってややこしいな。
星が球体だからややこしい。
無人の洋上をひたすら駆ける。麒麟があって良かった。他国の船をレンタルせずに済み、東から迎えの船を呼ぶ手間も省けた。
――その為に帝は麒麟憑きを僕のお供にしたんだな。
コウが麒麟を纏う事も計算済み。元々国産でない麒麟を惜しむ理由もない。
――僕がツクヨミに殺された後、麒麟は星に戻る。
オートでアンに戻ったりしないし、皇族の誰かに相続もされない。コウは麒麟の初回ウィナーに過ぎない。
ただしコウ自身が、例えばアマテラスを遺産相続している状態ならば、アマテラスごと麒麟を次世代に継承させる事は出来た。
本流の遺産相続権は、生きている限り消えない。
――麒麟をアンに返せば、遺産相続権も復活する。
リセットされないものもある。不親切な親切仕様、それがミーティアだ。
水平線に目を向ける。
島も船もまだ見えない。でも「いるぞ」と麒麟の感覚が告げている。
東サンゴ島には同胞らが常駐している。神職と小さな海軍と研究者。アトラス諸島と少し事情が似ている。
島の近海にはレアな鉱物資源がある。中々手が出せない。ツクヨミの存在ゆえに周辺に海藻みたいな魔物が湧く。小物でも雑草みたくしぶといから作業が捗らない。
真実コウに求められている事とは、ツクヨミに殺害される事ではない。
――同期した上でダンプする。
不吉なものをこの星から追い出す。資源まで手に入れられれば最高だ。
ツクヨミをダンプするメリットは他にもある。
アマテラスの封印、岩戸は、ウィナーが死亡すると解ける。要するに、千三百年前の封印が今現在に至るまで続いているのではない。
次の継承者は、一々東サンゴ島に出向く必要があるのだ。更新までの間、魔法を失った岩戸は単なる重い岩と化し、無防備になる。火薬の砲撃でも割れる。
万一ツクヨミの関心を引く人間が通りかかれば、内側から光を発して呼ぶだろう。封印状態なら光は外に漏れない。気付かず素通りされて終いだ。
離島に出向いてまでして死にに行く物好きなど普通はいない。けれど皇室は最悪を想定し、常に封印の更新作業を急いできた。
「それほどまでに厳重警戒するものが封じられておるのだな」と女帝は興味を滲ませていた。
コウは惚けておいた。ツクヨミがどんな神であるかは皇国皇族しか知らされない。アンですら、ツクヨミの特殊能力までは知らない。
嘗て岩戸を使った若き皇子はツクヨミと接触した際にその能力を知った。だからこそ「封じなければ!」という危機感に苛まれた。
他国に渡してはならない。
確実に自分達が手にし、処分する。これが理想だ。
水平線上に黒っぽい靄が見えてきた。
瘴気結界だ。紗のように薄い。北半球でも赤道寄りなので魔物は育ち難い。しかし絶え間ない。ツクヨミの封印が解ける度に引き寄せられ、拡散しない。
船が見えた。
白い用紙みたいな帆を張った、昔ながらの木造帆船だ。民間ではそろそろ観光以外では使用されなくなってきた古風な船を、皇室は好んで使用する。
マストに掲げられた旗を見れば、乗船している貴人が分かる。
コウは瞬いた。
――いらしてたのですね、兄上。
皇太子が出国していた。考えてみれば至極当然で、締約国会議にはワ皇国の代表団も出席予定だった。
数十年前に鎖国を解除して以来、外国との交流は益々盛んになった。
――てっきり西回りでいらっしゃるものと。
ピラミッド見物をして来ると思っていたのに、新大陸を抜けようとしていたとは意外だ。
こうして離島近海にいるのは、帰るついでに寄ってみたという事なのだろう。
兄皇太子が率いるアンティークな帆船群は、極薄の靄が漂う海に留まりながらも平然としている。汚れた空気を跳ね除けている。西洋人の好きな陰陽パワーとかではない。海の神による絶対防御だ。
兄皇太子はアッパー・ミーティア、スサノオを保有している。彼がいれば航海は安泰となる。
兄が放つ淡く青白いプラズマを遠目にしつつ、コウは島の中心に向かって麒麟のボディを下降させていった。
着地の寸前、完全武装を解いて男児の姿になる。
興味深いのは戻った際に全裸でなく、衣服を着て靴まで履いているという点だ。武装前の姿に戻る。女性ウィナーの場合はヘアメイクすら維持される。ただし乱れているから結局直しは要る。
――ケットシーなんて人より遥かに小さい。
ぎゅっと圧縮されている。観察ツールが進化すれば構造が分かるかもしれない。
岩戸を前にする。
神職を始め、常駐の島の者は皆退避済みなので周囲には誰もいない。
巨大な岩には、三年前に見たままの太いしめ縄が掛かっている。
信仰の象徴を暫し眺め、コウは教わった通り一礼して儀式を始めた。
岩戸の封印は、皇子がプロセスを踏めば解ける。陰陽パワーとかは要らない。皇族の血統と正確な手順があればいい。封じた張本人が考案し、お膳立てしてくれた。
「いつか私の子孫がツクヨミを葬ってくれよう」
本当の試練は封印をキャンセルした、その次だ。
封印を解く手続きを終えるや、岩の縁が光り出した。ごご、と低く呻く音を立てて重い岩戸がスライドしていく。生じたプラズマでしめ縄が焼け落ち、ヴィジュアル的に「解けた」感があった。
岩戸が開き切り、洞窟の奥から球状の発光体が現れる。
未覚醒ミーティアは光沢のあるブラウンカラーの隕石なので、お洒落なパーヴォでは「ショコラ・スフェール(球体)」なんてスイーツメニューみたいな渾名が付いていた。
もうスフェールではなく、五本の指を広げた掌の形状に変化している。
ツクヨミが片手を伸ばして「こっちに来い」とコウに命じている。
コウは息を呑むと、砂利を踏んで洞窟の入り口に片足を入れた。
ツクヨミがにたりと笑んだのが分かった。
光の手と接触すれば思考を読まれ、生かすか殺すかのジャッジが下される。
まずは同期に持ち込み、受け入れ、確実にダンプする。
――こいつの誘惑には負けない。
勝負だ。
意気込んだ瞬間、横から肩を突き飛ばされた。
景色が横に流れ、岩だらけの地面に倒れ込む。
「いっつ、……え?」
訳が分からず、コウは惚けた目で洞窟を振り返った。
燃えるような赤い髪がまず網膜に飛び込む。
「このバカ」
アシルの怒った顔が、コウを見下ろしていた。
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